病気と健康の話

【糖尿病】糖尿病治療の新しい意義―GLP-1/GIP が心臓・腎臓・血管を守る―

はじめに ― 「血糖の数字」だけを見ていませんか

糖尿病の治療というと、多くの方が「血糖値や HbA1c の数字をいかに下げるか」を思い浮かべるのではないでしょうか。もちろん血糖の管理は治療の土台です。しかし、糖尿病治療の目標は「血糖を下げること」から「心臓・腎臓・血管を、糖尿病そのものから守ること」へ変化しています。その主役は、GLP-1 受容体作動薬と、GLP-1 と GIP の二つに同時に働く「GLP-1/GIP 受容体作動薬(チルゼパチド)」です。

2026 年に医学誌 BMJ に掲載された Krüger らの大規模研究(BMJ 2026)は、2 型糖尿病で動脈硬化性の心血管疾患をもつ約 5 万 3 千人を解析し、標準治療にチルゼパチドを加えると、心筋梗塞・脳卒中・死亡をまとめた「重大な心血管イベント(MACE)」が約 32%減ったと報告しました。血糖を下げる薬が、心臓と命そのものを守る――本コラムでは、この最新研究を軸に、GLP-1/GIP を糖尿病に使う「本当の意義」を、欧米の最新エビデンスとともにわかりやすく解説します。

1. GLP-1 と GIP とは何か ― 腸から出る「二つの司令ホルモン」

私たちが食事をすると、腸から「インクレチン」と呼ばれるホルモンが分泌されます。その代表が GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)と GIP(グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド)です。どちらも膵臓に「血糖が上がったときにだけインスリンを出しなさい」と指示を送るため、単独では低血糖を起こしにくいという特徴があります。GLP-1 はさらに、食欲を抑える脳への作用や、胃の動きをゆるやかにする作用も併せもっています。

GLP-1 受容体作動薬(セマグルチドなど)は、この GLP-1 の働きを長く強くした薬です。一方チルゼパチドは、GLP-1 と GIP の二つの受容体に同時に作用する世界初の「デュアル(二重)作動薬」で、GIP の上乗せによってインスリン分泌や脂肪組織での代謝がさらに改善すると考えられています。糖尿病学の第一人者 Drucker は Nat Rev Endocrinol 誌(2023)で、GIP と GLP-1 は心臓・血管・脂肪に対して補い合うように働く可能性を論じ、二つを組み合わせる合理性を示しました。

2. なぜ「二つ」なのか ― 血糖・体重・食欲への多面的な効果

GLP-1/GIP を使う第一の意義は、血糖と体重の両方を強力に改善することです。チルゼパチドとセマグルチドを直接比較した SURPASS-2 試験(Frías et al., N Engl J Med 2021)では、チルゼパチド 15mg 群の HbA1c 低下と体重減少はセマグルチド群を上回りました。血糖の指標である HbA1c が 2%前後下がり、体重も大きく減るという結果は、従来の血糖降下薬では得がたいものでした。

2 型糖尿病の多くは、肥満・内臓脂肪の蓄積を背景に、インスリンが効きにくくなる「インスリン抵抗性」が進んでいます。GLP-1/GIP は食欲を抑えて内臓脂肪を減らし、この根本の悪循環に働きかけます。つまり「血糖という結果」だけでなく「肥満という原因」に同時に手を打てる点が、単なる血糖降下薬との決定的な違いです。ADA(米国糖尿病学会)と EASD(欧州糖尿病学会)の合同コンセンサス(Diabetes Care 2022)も、肥満を伴う 2 型糖尿病では体重管理を治療の中心に据えるべきだと明記しています。

3. 心臓・血管を守る ― BMJ 最新コホートが示した臓器を守る効果

本コラムの主役である Krüger らの研究(BMJ 2026)を詳しく見てみましょう。これは米国の二つの大規模保険データベースを用い、2 型糖尿病かつ動脈硬化性心血管疾患をもつ 52,971 人を対象に、標準治療へチルゼパチドを追加した群と、心血管に影響しないとされるシタグリプチン(比較対照=実質的なプラセボ)を追加した群を比較したリアルワールド研究です。ランダム化試験の設計を精密に模した手法(RCT-DUPLICATE)を用い、信頼性を高めています。

結果は明快でした。1 年間の重大心血管イベント(MACE)の発生は、チルゼパチド群 2.9%に対しシタグリプチン群 4.4%。ハザード比 0.68(95%信頼区間 0.58〜0.80)、すなわちリスクが約 32%低下し、70 人が 1 年間治療すれば 1 件のイベントを防げる計算(NNT=70)でした。内訳では心筋梗塞がハザード比 0.67、総死亡が 0.55 と、いずれも大きく減少しています。血糖を下げる薬が、心臓発作と死亡そのものを減らしたのです。

興味深いことに、この研究では入院を要する感染症やその関連死も少なく(感染関連死ハザード比 0.40)、著者らは「動脈硬化を抑える以外の、全身の炎症や代謝を改善する仕組みも心血管の恩恵に寄与している可能性がある」と考察しています。血糖・体重だけでは説明しきれない、多面的な保護作用がうかがえます。

4. 頭を並べた比較 ― SURPASS-CVOT と SELECT が描く全体像

リアルワールド研究の結果は、大規模ランダム化試験とも整合します。2025 年に N Engl J Med 誌へ報告された SURPASS-CVOT 試験(Nicholls et al., 2025)は、13,165 人の 2 型糖尿病・心血管疾患患者を対象に、チルゼパチドを、すでに心血管保護が証明されている GLP-1 薬デュラグルチドと直接比較しました。チルゼパチドは MACE でデュラグルチドに対する非劣性を証明し(ハザード比 0.92)、血糖・体重・腎機能などの代謝指標ではより良好な結果を示しました。強力な GLP-1 薬に「引けを取らない」心血管安全性が確認された意義は大きいと言えます。

また、糖尿病のない肥満・過体重の人でも GLP-1 の心血管保護は示されています。SELECT 試験(Lincoff et al., N Engl J Med 2023)は、糖尿病のない心血管疾患をもつ 17,604 人でセマグルチド 2.4mg を検討し、MACE を 20%減少させました(ハザード比 0.80)。血糖を下げる目的を超えて「心血管を守る薬」としての GLP-1 の位置づけを決定づけた試験です。糖尿病患者ではこの恩恵がさらに重要になります。

5. 腎臓と心不全へ ― 守る臓器はさらに広がる

GLP-1/GIP の恩恵は心臓・血管にとどまりません。腎臓を守る効果を検証したのが FLOW 試験(Perkovic et al., N Engl J Med 2024)です。2 型糖尿病と慢性腎臓病をもつ 3,533 人を対象に、セマグルチドは腎機能悪化や腎・心血管死をまとめた主要評価項目を 24%減少させ(ハザード比 0.76)、心血管イベントや総死亡も減らしました。糖尿病は透析に至る腎不全の最大の原因であり、腎臓を守れることの意義は計り知れません。

さらに、これまで有効な薬が乏しかった「駆出率の保たれた心不全(HFpEF)」にも光が当たっています。肥満を伴う HFpEF 患者を対象とした SUMMIT 試験(Packer et al., N Engl J Med 2025)では、チルゼパチドが心血管死や心不全悪化のリスクを減らし、息切れなどの症状や運動能力、生活の質を改善しました。GLP-1/GIP が「心臓のポンプ機能そのもの」の予後まで改善しうることを示した、画期的な報告です。

6. 「発症を防ぐ」段階へ ― 糖尿病予防と体重の意義

GLP-1/GIP は、糖尿病を「治療する」だけでなく「発症させない」段階にも踏み込んでいます。肥満と前糖尿病(糖尿病予備群)をもつ人を 3 年間追跡した SURMOUNT-1 試験(Jastreboff et al., N Engl J Med 2025)では、チルゼパチドにより 2 型糖尿病への進行リスクが約 9 割以上低下し、大幅な減量が長期にわたって維持されました。糖尿病になる前に流れを止められる可能性は、予防医療の観点から大きな意味をもちます。

体重を減らすことは、単に見た目や血糖の問題にとどまりません。内臓脂肪は炎症物質を放出し、高血圧・脂質異常・脂肪肝・一部のがんの温床になります。GLP-1/GIP による持続的な減量は、これら糖尿病に連なる多くの合併症のリスクを同時に下げる「上流からの介入」だと考えられています。もっとも、これらの薬は自己判断で使うものではなく、適応や副作用(吐き気・膵炎の既往・甲状腺疾患など)の評価が欠かせません。医師の管理下で使うことが前提です。

7. 実臨床でどう位置づけるか ― ガイドラインと個別化

米国糖尿病学会の「Standards of Care in Diabetes 2026」は、2 型糖尿病で動脈硬化性心血管疾患・心不全・慢性腎臓病をもつ、あるいはそのリスクが高い患者では、血糖値の高さにかかわらず、心腎保護のエビデンスをもつ GLP-1 受容体作動薬や SGLT2 阻害薬を優先的に選ぶよう推奨しています。「HbA1c を下げるためだけの薬」から「臓器を守るために積極的に選ぶ薬」へと、位置づけが根本的に変わったのです。

とはいえ、すべての人に同じ薬が最適なわけではありません。心血管リスク、腎機能、肥満の程度、消化器症状の出やすさ、費用や注射への受け入れやすさなどを踏まえ、一人ひとりに合わせて選ぶ「個別化」が重要です。BMJ 2026 の著者らも、効果を「1 年で何%リスクが減るか」という具体的な数字で示すことが、患者さんと医師が一緒に方針を決める助けになると強調しています。

おわりに ― 「数字を下げる」から「未来を守る」治療へ

GLP-1/GIP 受容体作動薬は、血糖と体重を同時に改善するだけでなく、心筋梗塞や脳卒中、腎不全、心不全、そして死亡そのものを減らしうることが、BMJ 2026 をはじめとする欧米の大規模研究で次々と示されてきました。糖尿病治療の目標はいま、「検査値を下げること」から「心臓・腎臓・血管という臓器と、その先にある人生を守ること」へと確実に移り変わっています。

一方で、これらの薬には適応や副作用があり、効果を最大限に引き出すには食事・運動といった生活習慣との組み合わせと、定期的な検査による評価が欠かせません。まんかいメディカルクリニックでは、内分泌・糖尿病の視点に加え、CT・超音波による心血管・腎臓・脂肪肝の評価、運動療法、日曜・祝日診療の体制を活かし、GLP-1/GIP を含む糖尿病治療を一人ひとりに合わせてご提案しています。血糖の数字が気になる方、ご家族に糖尿病や心臓・腎臓の病気がある方は、どうぞお気軽にご相談ください。

FAQ ― よくあるご質問

Q1. GLP-1 薬と GLP-1/GIP 薬(チルゼパチド)は何が違うのですか?

GLP-1 薬(セマグルチドなど)は腸のホルモン GLP-1 の働きを強めた薬で、血糖低下・体重減少・心血管保護が多くの試験で示されています。チルゼパチドはこれに GIP というもう一つのホルモンの作用を加えた「二重作動薬」です。両者を直接比べた SURPASS-2 試験(Frías et al., 2021)では、チルゼパチドの方が HbA1c と体重の改善が大きい傾向が示されました。ただし心血管保護については GLP-1 薬にも豊富なエビデンスがあり、どちらが最適かは病態や目的により異なります。

Q2. 血糖が高くなくても、心臓や腎臓のために使う意味はありますか?

あります。米国糖尿病学会の 2026 年版指針は、心血管疾患・心不全・慢性腎臓病やその高リスクをもつ 2 型糖尿病患者では、血糖値の高さにかかわらず、心腎保護のエビデンスをもつ GLP-1 薬を優先するよう推奨しています。実際、FLOW 試験(Perkovic et al., 2024)では腎障害の進行が 24%減り、SELECT 試験(Lincoff et al., 2023)では糖尿病のない人でも心血管イベントが 20%減りました。血糖以外の目的での意義が確立しつつあります。

Q3. BMJ の研究では、なぜ心臓だけでなく「死亡」まで減ったのですか?

Krüger らの研究(BMJ 2026)では、チルゼパチド追加群で総死亡がハザード比 0.55 と大きく減りました。心筋梗塞の減少に加え、入院を要する感染症やその関連死も少なかったことが理由の一つと考えられています。著者らは、動脈硬化を抑えるだけでなく、体重減少に伴う全身の炎症や代謝の改善といった「血管以外の仕組み」も寄与している可能性を指摘しています。ただし観察研究であり、今後の検証が必要な点も述べられています。

Q4. 減量目的で自分で購入して使ってもよいですか?

医師の診察と管理のもとで使うことを強くお勧めします。GLP-1/GIP 薬には吐き気・便通異常などの消化器症状があり、膵炎の既往や特定の甲状腺腫瘍の家族歴がある方などでは慎重な判断が必要です。SURMOUNT-1 試験(Jastreboff et al., 2025)のように高い減量・糖尿病予防効果が示される一方、適応や副作用の評価、他の薬との兼ね合い、中止後のリバウンド対策まで含めて計画することが大切です。自己判断での個人輸入や安易な使用は避けてください。

Q5. これらの薬を使えば、食事や運動はしなくてよいのですか?

いいえ、食事・運動はむしろ土台として重要です。ADA/EASD の合同コンセンサス(Diabetes Care 2022)も、薬物療法は生活習慣改善の上に積み重ねるものと位置づけています。GLP-1/GIP で得た減量や血糖改善を長く保ち、筋肉量を維持するには、たんぱく質を意識した食事と運動の併用が欠かせません。当院では運動療法の体制を整えており、薬と生活の両面から治療を組み立てます。薬は「魔法」ではなく、生活改善を後押しする強力な道具とお考えください。

参考文献

  1. Krüger N, Schneeweiss S, Wang SV. Tirzepatide and the risk of atherosclerotic cardiovascular events: population based cohort study. BMJ. 2026;394:e100011. https://doi.org/10.1136/bmj-2026-100011
  2. Nicholls SJ, Bhatt DL, Buse JB, et al. Cardiovascular Outcomes with Tirzepatide versus Dulaglutide in Type 2 Diabetes (SURPASS-CVOT). N Engl J Med. 2025;393:2409-2420. https://doi.org/10.1056/NEJMoa2505928
  3. Lincoff AM, Brown-Frandsen K, Colhoun HM, et al. Semaglutide and Cardiovascular Outcomes in Obesity without Diabetes (SELECT). N Engl J Med. 2023;389(24):2221-2232. https://doi.org/10.1056/NEJMoa2307563
  4. Perkovic V, Tuttle KR, Rossing P, et al. Effects of Semaglutide on Chronic Kidney Disease in Patients with Type 2 Diabetes (FLOW). N Engl J Med. 2024;391(2):109-121. https://doi.org/10.1056/NEJMoa2403347
  5. Packer M, Zile MR, Kramer CM, et al. Tirzepatide for Heart Failure with Preserved Ejection Fraction and Obesity (SUMMIT). N Engl J Med. 2025;392(5):427-437. https://doi.org/10.1056/NEJMoa2410027
  6. Jastreboff AM, le Roux CW, Stefanski A, et al. Tirzepatide for Obesity Treatment and Diabetes Prevention (SURMOUNT-1, 3-year). N Engl J Med. 2025. https://doi.org/10.1056/NEJMoa2410819
  7. Frías JP, Davies MJ, Rosenstock J, et al. Tirzepatide versus Semaglutide Once Weekly in Patients with Type 2 Diabetes (SURPASS-2). N Engl J Med. 2021;385(6):503-515. https://doi.org/10.1056/NEJMoa2107519
  8. Drucker DJ. Beyond the pancreas: contrasting cardiometabolic actions of GIP and GLP1. Nat Rev Endocrinol. 2023;19(4):201-216. https://doi.org/10.1038/s41574-022-00783-3
  9. American Diabetes Association Professional Practice Committee. Standards of Care in Diabetes—2026 (Sections 9 & 10: Pharmacologic Approaches to Glycemic Treatment / Cardiovascular Disease and Risk Management). Diabetes Care. 2026;49(Suppl 1):S183-S241. https://doi.org/10.2337/dc26-S009
  10. Davies MJ, Aroda VR, Collins BS, et al. Management of Hyperglycemia in Type 2 Diabetes, 2022. A Consensus Report by the ADA and the EASD. Diabetes Care. 2022;45(11):2753-2786. https://doi.org/10.2337/dci22-0034

※本コラムは医学的情報の提供を目的としたものであり、個別の診断・治療を代替するものではありません。
薬剤の適応・使用は必ず医師にご相談ください。気になる症状がある方は医療機関を受診してください。

記事監修者田場 隆介

医療法人社団 青山会 まんかいメディカルクリニック 理事長

医療法人社団青山会代表。兵庫県三田市生まれ、三田小学校、三田学園中学校・同高等学校卒業。 1997(平成9)年岩手医科大学医学部卒業、町医者。聖路加国際病院、淀川キリスト教病院、日本赤十字社医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院を経て、2009(平成21)年医療法人社団青山会を継承。 2025年問題の主な舞台である地方の小都市で、少子高齢化時代の主役である子どもと高齢者のケアに取り組んでいる。

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