病気と健康の話

「痩せ薬」が心筋梗塞を防ぐ時代へ ―英国NICEの承認が示すGLP-1作動薬の新たな役割―

―英国 NICE の承認が示す GLP-1 作動薬の新たな役割―

はじめに ― 「痩せ薬」と「心臓を守る薬」の境界線が消える日

「セマグルチド」「ウゴービ」「オゼンピック」――近年、ニュースで「痩せ薬」として大きく取り上げられているこれらの薬剤は、もともと 2 型糖尿病の治療薬として開発され、その後、肥満症治療薬として承認されました。しかしいま、これらの薬は単なる「痩せ薬」を超えて、心筋梗塞・脳卒中・心血管死を予防する「心臓を守る薬」へと位置づけが大きく変わりつつあります。

2026 年 5 月 7 日、英国国立医療技術評価機構(National Institute for Health and Care Excellence: NICE)は、Technology Appraisal Guidance TA1152 を発行し、セマグルチド(週 1 回 2.4mg 皮下注射、商品名ウゴービ)を、「心血管疾患既往+BMI 27 以上の成人に対して、心血管イベント(心血管死・非致死性心筋梗塞・非致死性脳卒中)の予防目的で英国 NHS で使用すべき治療選択肢」として正式に承認しました(NICE TA1152, 2026)。これは、世界で初めて「肥満治療薬」が「公的医療制度において心血管予防薬として」位置づけられた、医療史の転換点といえる出来事です。

本コラムでは、NICE TA1152 の根拠となった大規模臨床試験 SELECT を軸に、欧米の権威ある最新エビデンスを統合しながら、「なぜ痩せ薬が心筋梗塞を防ぐのか」「いつ、どんな患者さんに有効なのか」「日本ではどう使われているのか」を、わかりやすく解説します。

1. 英国 NICE TA1152 が示した「歴史的な決定」とその意義

英国 NICE は、医薬品の費用対効果を評価し公的医療(NHS)での使用を推奨するか判定する、世界で最も権威ある医療技術評価機関のひとつです。2026 年 5 月 7 日に発行された TA1152 は、心血管疾患既往(過去の心筋梗塞・虚血性または出血性脳卒中・症候性末梢動脈疾患のいずれか)を有し、BMI が 27kg/m²以上の成人に対し、セマグルチド週 1 回 2.4mg 皮下注射を「心血管イベント(心血管死・非致死性心筋梗塞・非致死性脳卒中の複合)の予防」目的で使用することを正式に推奨したガイダンスです(NICE TA1152, 2026)。

重要なポイントは 3 つあります。第一に、英国 NHS は公布から 90 日以内にこの治療を保険償還することが義務化されました。第二に、評価された費用対効果は 1QALY(質調整生存年)あたり 6,878〜14,594 ポンド(約 130 万〜280 万円)で、NICE が「妥当」とする閾値 2 万ポンド(約 380 万円)を大きく下回る、極めて高い費用対効果を示しました。第三に、糖尿病合併者や最近心血管イベントを起こした患者も使用対象から除外されておらず、幅広い患者に適用可能とされた点です(NICE TA1152, 2026)。

この決定の意義は、単に英国の医療制度の問題にとどまりません。NICE のガイダンスは、欧州全域、オーストラリア、カナダ、そしてアジア各国の医療政策にも影響を与える「世界標準」のひとつです。日本でもセマグルチドは 2 型糖尿病(オゼンピック・リベルサス)、高度肥満症(ウゴービ)に保険適用されていますが、心血管予防目的の使用については現在もエビデンスが蓄積中です。今後、心血管予防という観点からの位置づけが大きく変わる可能性があります。

2. SELECT 試験 ― 17,604 人で証明された「心筋梗塞 20%減」

NICE TA1152 の科学的根拠となったのが、2023 年 11 月に N Engl J Med 誌に発表された SELECT 試験(Semaglutide Effects on Cardiovascular Outcomes in People with Overweight or Obesity)です。これは 41 か国 804 施設で実施された国際多施設共同・二重盲検・プラセボ対照ランダム化第 III 相試験で、糖尿病のない、BMI 27 以上、心血管疾患既往を持つ 45 歳以上の成人 17,604 人を対象としました(Lincoff et al., NEJM 2023)。

対象者をセマグルチド群(週 1 回 2.4mg 皮下注射)とプラセボ群に 1:1 にランダム化し、平均 39.8 か月追跡しました。主要評価項目は、最初の主要心血管イベント(MACE: 心血管死・非致死性心筋梗塞・非致死性脳卒中の複合)までの時間です。結果は明快で、セマグルチドはプラセボに比べて主要心血管イベントを 20%減少させました(ハザード比 0.80、95%信頼区間 0.72-0.90、p<0.001)。内訳を見ると、非致死性心筋梗塞が 28%減少(HR 0.72)、冠動脈血行再建術の必要性が 23%減少(HR 0.77)、全死亡は 19%減少(HR 0.81)と、複数の重要なエンドポイントで一貫した恩恵が確認されました(Lincoff et al., 2023)。

特筆すべきは、その効果が「治療開始後早期から」現れたことです。体重減少が顕著になる前から心血管イベントの差が認められたことから、セマグルチドの心保護効果は「単なる減量効果」を超えた、独立したメカニズム(炎症抑制、血管内皮機能改善、血圧低下、脂質改善など)に基づくと考えられています。男女・人種・年齢・BMI にかかわらず効果は一貫しており、これが NICE が「対象を幅広く設定した」根拠となりました(Lincoff et al., 2023; NICE TA1152, 2026)。

3. なぜ「痩せ薬」が心臓を守るのか ― 4 つの分子メカニズム

セマグルチドが心血管イベントを減らすメカニズムは、「体重減少だけ」では説明できません。最新の基礎・臨床研究は、少なくとも 4 つの独立した経路を明らかにしています。第一に、慢性炎症の抑制です。SELECT 試験のサブ解析では、セマグルチドが高感度 CRP を約 38%減少させたことが報告されており、これは動脈硬化の進行を直接抑制する作用と考えられています(Ridker et al., Circulation 2024)。

第二に、血管内皮機能の改善です。GLP-1 受容体は心臓・血管・腎臓にも豊富に存在し、セマグルチドは血管内皮細胞の NO(一酸化窒素)産生を促進し、血流を改善することが報告されています。第三に、血圧・脂質プロファイルの改善で、SELECT 試験ではプラセボと比較して収縮期血圧が約 3.8mmHg 低下、LDL コレステロールも有意に低下しました(Lincoff et al., 2023)。第四に、糖尿病新規発症の予防効果です。SELECT 試験ではセマグルチド群で糖尿病新規発症が 73%減少しており、これも長期的に心血管リスクを下げる重要な経路です(Yan et al., JACC Adv 2025)。

さらに 2024 年 5 月に Nature Medicine 誌に発表された SELECT 試験の 208 週(4 年)長期解析では、セマグルチドによる体重減少効果が 4 年間にわたり持続することが確認されました(Ryan et al., Nat Med 2024)。これは肥満症治療薬としての効果が一過性ではなく、長期的に維持されることを意味します。心血管予防効果と体重減少効果が独立しつつ相互に補強しあう――これが GLP-1 作動薬の臨床的価値の核心です。当院でも、心血管リスクを抱える患者さんへの GLP-1 作動薬の処方を、CT・血液検査・運動負荷評価による多角的評価のもとで提供しています(保険適用範囲内)。

4. 心不全への効果 ― STEP-HFpEF が切り開いた新しい治療領域

セマグルチドの心保護効果は、心筋梗塞・脳卒中だけにとどまりません。2023 年 9 月に N Engl J Med 誌に発表された STEP-HFpEF 試験は、肥満を合併する「左室駆出率の保たれた心不全(HFpEF)」患者 529 人を対象に、セマグルチドが心不全症状(KCCQ-CSS スコア)を有意に改善し、6 分間歩行距離を延長し、体重を 13.3%減少させたことを示しました(Kosiborod et al., NEJM 2023)。

HFpEF は「治療の難しい心不全」として知られ、SGLT2 阻害薬の登場までは有効な治療法がほとんどありませんでした。しかし、STEP-HFpEF 試験の結果は、「肥満が原因の HFpEF」というサブタイプを特定し、減量と抗炎症作用を同時にもたらすセマグルチドが、新たな治療オプションになることを示しました。「肥満は HFpEF の根本原因のひとつ」という新しい疾患観が確立されつつあります(AJMC 2023)。

さらに 2024 年 4 月に N Engl J Med 誌に発表された STEP-HFpEF DM 試験は、糖尿病を合併する肥満 HFpEF 患者でも同様の効果を確認し、2024 年 Eur Heart J 誌のプール解析(STEP-HFpEF + STEP-HFpEF DM、計 1,145 人)では、セマグルチドがループ利尿薬の使用量を減らすこと――つまり「うっ血を改善するだけでなく、心不全治療薬の必要量も減らす」ことが報告されました(Shah et al., Eur Heart J 2024)。心不全と肥満を併発する患者さんは日本でも増加しており、当院でも超音波・CT・心電図・BNP などによる総合的な心不全評価と治療を提供しています。

5. 次の主役「チルゼパチド」 ― SURMOUNT-MMO 試験への期待

セマグルチドだけでなく、より新しい GLP-1/GIP 二重作動薬「チルゼパチド」(商品名マンジャロ・ゼップバウンド)も心血管予防領域への展開が進んでいます。2025 年 6 月に Obesity 誌に発表された SURMOUNT-MMO 試験のデザイン論文によれば、この大規模試験は 27 か国 664 施設で約 15,000 人を対象に、BMI 27 以上の成人(糖尿病なし、心血管疾患既往または高リスク)に対するチルゼパチドの心血管予防効果を検証する初の大規模試験です(Lam et al., Obesity 2025)。

主要評価項目は、非致死性心筋梗塞・非致死性脳卒中・冠動脈血行再建術・心不全イベント・全死亡の複合エンドポイントで、結果発表は 2027 年 10 月予定です。さらに 2025 年 9 月に Diabetes, Obesity & Metabolism 誌に発表された SURMOUNT-1 の 3 年延長解析では、チルゼパチドがプラセボと比較して、ASCVD(動脈硬化性心血管疾患)の 10 年予測リスクを最大 9.2%、糖尿病の 10 年予測リスクを最大 19.6%減少させることが示されました(Hankosky et al., Diabetes Obes Metab 2025)。

また、2025 年 9 月に European Heart Journal Open 誌に発表された SURMOUNT-5 試験(チルゼパチド vs セマグルチド頭部対頭部試験)の post-hoc 解析では、72 週間でチルゼパチドはセマグルチドよりも 10 年予測心血管リスクをより大きく減少させたことが報告されました(Nicholls et al., Eur Heart J Open 2025)。GLP-1 作動薬の世代交代が進み、心血管予防の選択肢が今後さらに広がっていくことが期待されます。当院では、最新エビデンスを踏まえつつ、患者さん個別の状況に応じた治療選択をご提案しています。

6. 米国 NHANES データ ― 「対象者」は米国だけで 400 万人以上

SELECT 試験の結果が、現実の社会にどれほど大きな影響を持つのか――これを定量的に評価したのが、2025 年 5 月に JACC Advances 誌に発表された米国カリフォルニア大学アーバイン校 Yan 博士らの研究です。彼らは米国国民健康・栄養調査(NHANES)のデータを用い、SELECT 試験の対象基準(45 歳以上、BMI 27 以上、心血管疾患既往、糖尿病なし)を満たす米国成人を推計しました(Yan et al., JACC Adv 2025)。

結果、米国には SELECT 試験に該当する対象者が約 400 万人いると推計されました。SELECT で観察された相対リスク減少を米国人口に当てはめると、5 年間で約 94,000 件の心血管イベント、43,000 件の糖尿病新規発症、12,000 件の腎機能イベントが予防可能と試算されました(Yan et al., 2025)。これは、セマグルチドの心血管予防への適応拡大が、公衆衛生レベルでも極めて大きなインパクトを持つことを示しています。

日本においても、心筋梗塞や脳卒中の既往があり、BMI が 25 以上(日本人基準でいわゆる肥満)の方は決して少なくありません。実際に、心筋梗塞二次予防の現場では、薬物療法(抗血小板薬、スタチン、ACE 阻害薬、β 遮断薬など)に加えて、生活習慣改善が重要視されてきましたが、減量目標の達成率は決して高くないのが現実です。GLP-1 作動薬は、この「達成困難な目標」に対する新しい選択肢を提供します。当院でも、心血管疾患既往のある方には、CT・超音波・血液検査による総合評価と、生活習慣改善・薬物療法を組み合わせた個別の予防戦略をご提案しています。

7. 副作用・限界・注意点 ― 「魔法の薬」ではない

ここまで GLP-1 作動薬の心血管予防効果について述べてきましたが、これらは決して「魔法の薬」ではありません。SELECT 試験では、セマグルチド群で胃腸障害(吐き気・嘔吐・下痢・便秘など)による中止率がプラセボ群よりも高く(16.6% vs 8.2%)、特に治療開始初期に多く見られました(Lincoff et al., NEJM 2023)。多くは軽度〜中等度で時間経過とともに軽減しますが、患者さんによっては継続が困難なケースもあります。

また、まれな副作用として、急性膵炎、胆石症、糖尿病網膜症の一過性悪化、甲状腺 C 細胞腫瘍(齧歯類で確認、ヒトでの因果関係は確立せず)などが報告されており、家族性甲状腺髄様癌・多発性内分泌腫瘍症 2 型(MEN2)の方は禁忌です。さらに最近の研究では、GLP-1 作動薬による減量では失われる体重の 25〜40%が筋肉(除脂肪量)であり、サルコペニアや骨密度低下のリスクが指摘されています(Lieberman et al., JAMA 2026)。これは、運動療法や十分なタンパク質摂取と組み合わせることで予防可能です。

もう一つ重要な注意点は、「中止すると効果も体重も戻る」ことです。STEP-1 試験の延長解析では、セマグルチド中止後 1 年で体重の約 3 分の 2 が戻り、心血管リスク因子も悪化しました。つまり、GLP-1 作動薬は「短期間で痩せて終わり」ではなく、糖尿病や高血圧と同じく長期治療を前提とした薬剤です。当院では、適応・効果・副作用・費用負担・長期戦略について十分にご説明したうえで処方判断を行い、運動療法施設での個別運動プログラム、管理栄養士による食事指導、定期的な血液検査・体組成測定によるモニタリングを組み合わせた包括的なケアを提供しています。

8. 当院での実践 ― 心血管予防のための統合的アプローチ

心血管疾患既往のある方や、心筋梗塞・脳卒中の高リスク患者さんに対する当院のアプローチは、「薬剤だけ」ではなく「生活習慣・薬物療法・継続モニタリング」の三位一体です。具体的には、評価段階で(1)心電図・血圧・血糖・脂質・腎機能などの基礎血液検査、(2)CT・超音波による内臓脂肪・冠動脈石灰化・頸動脈プラーク・脂肪肝の評価、(3)必要に応じた運動負荷試験による心肺フィットネス評価、(4)BMI・ウエスト周囲径・体組成測定を組み合わせ、患者さん個別の心血管リスクを多角的に把握します。

治療段階では、(1)抗血小板薬・スタチン・ACE 阻害薬/ARB・β 遮断薬など標準的な二次予防薬の最適化、(2)生活習慣病管理料(Ⅱ)に基づく個別療養計画書、(3)指定運動療法施設での健康運動指導士による個別運動プログラム(週 2〜3 回の通所型)、(4)管理栄養士による食事指導(地中海食パターン、塩分・飽和脂肪酸の制限、適度なタンパク質摂取)、(5)2 型糖尿病・高度肥満症の保険適用範囲内での GLP-1 受容体作動薬・SGLT2 阻害薬の処方判断――を統合的に提供しています。

現時点で日本ではセマグルチドの「心血管予防」目的での保険適用はありません(2026 年 5 月時点)。あくまで 2 型糖尿病または高度肥満症の保険適用内での処方となりますが、結果として心血管予防効果も期待できる治療戦略を、患者さんと一緒に組み立てることが当院の方針です。「以前心筋梗塞をして再発が心配」「健診で複数の数値が引っかかった」「肥満があり心臓病が心配」――そうしたお悩みがあれば、ぜひ一度ご相談ください。

おわりに ― 「予防医療の新しい時代」が始まっている

英国 NICE TA1152 の発行は、医療史における重要な節目です。それは、「肥満治療薬」と「心血管予防薬」の境界線が消えつつあること、そして、減量・代謝改善・抗炎症・心保護を同時に達成する「多面的予防医療」の時代が、すでに始まっていることを示しています(NICE TA1152, 2026; Lincoff et al., NEJM 2023)。

重要なのは、この新しい治療オプションが、必ずしも「すべての人に必要」ではなく、「正しく選別された患者さんに、正しいタイミングで、正しい組み合わせで」使われたときに、最大の価値を発揮することです。GLP-1 作動薬は強力なツールですが、それだけで完結するものではなく、運動・食事・睡眠・禁煙・血圧・脂質コントロール・継続的な医学的フォローという「予防医療の基本」を支える役割を担います(Lieberman et al., JAMA 2026)。

まんかいメディカルクリニックは、CT・超音波・血液検査による客観的評価、指定運動療法施設による継続的サポート、内科・代謝の専門的視点、そして地域に根ざした日曜・祝日診療体制を通じて、患者さんが「心臓を守りながら人生の質を保ち続ける」お手伝いをしています。気になる症状やリスクがあれば、お気軽にご相談ください。

FAQ ― よくあるご質問

Q1. 「痩せ薬で心筋梗塞を防ぐ」というのは、本当に確かなエビデンスがあるのですか?

はい、極めて高品質のエビデンスがあります。2023 年に N Engl J Med 誌に発表された SELECT 試験は、41 か国 804 施設で 17,604 人を対象とした国際多施設共同・二重盲検・プラセボ対照ランダム化第 III 相試験で、主要心血管イベントを 20%減少させたことを示しました(Lincoff et al., NEJM 2023)。これを受けて 2026 年 5 月、英国 NICE が TA1152 を発行し、心血管予防目的でのセマグルチド使用を英国 NHS で正式に推奨しました(NICE TA1152, 2026)。ただし、現時点で日本ではセマグルチドの「心血管予防」目的での保険適用はなく、2 型糖尿病・高度肥満症(BMI 35 以上、または 27 以上で複数合併症あり)の保険適用範囲内での使用となります。今後、日本での適応拡大の可能性も注目されています。

Q2. 心筋梗塞の既往があります。どのような場合に GLP-1 薬が候補になりますか?

現時点で日本において保険適用となるのは、(1)2 型糖尿病をお持ちの方(オゼンピック・リベルサスなど)、または(2)BMI 35 以上、もしくは BMI 27 以上で 2 つ以上の肥満関連合併症がある方(ウゴービ)に限られます。心筋梗塞の既往はそれ自体では保険適用にはなりませんが、糖尿病や高度肥満があり心筋梗塞既往もあるという場合には、心血管予防効果も同時に期待できる治療選択肢となります。重要なのは、GLP-1 作動薬を使用する前に、抗血小板薬・スタチン・ACE 阻害薬/ARB・β 遮断薬など、標準的な心筋梗塞二次予防薬が適切に処方されていることです。これらの基本治療に加えて、生活習慣改善(運動・禁煙・食事・体重管理)と必要に応じた薬物療法を組み合わせることが、再発予防の王道です。当院では CT・血液検査・運動負荷評価などで個別のリスク評価を行ったうえで、最適な戦略をご提案しています。

Q3. GLP-1 薬で痩せても、やめたら戻ると聞きましたが本当ですか?

残念ながら、その通りです。STEP-1 試験の延長解析(STEP-4 試験)では、セマグルチドを中止して 1 年後には、減量分の約 3 分の 2 が戻り、血圧・脂質などの心血管リスク因子も再悪化することが報告されました。つまり GLP-1 作動薬は、糖尿病や高血圧と同じく「長期治療を前提」とした薬剤と考えるべきです。ただし、長期治療中も体重維持効果は持続することが 2024 年 Nat Med 誌の 208 週解析で確認されており(Ryan et al., Nat Med 2024)、心血管予防効果も 4 年間にわたって持続します(Lincoff et al., NEJM 2023)。中止のタイミング・方法については、生活習慣改善の達成度、合併症の状態、患者さんの希望を踏まえて慎重に判断する必要があります。当院では、長期戦略について事前に十分にご説明したうえで治療を開始しています。

Q4. 副作用が心配です。どんな副作用に気をつければよいでしょうか?

最も多い副作用は胃腸症状(吐き気・嘔吐・下痢・便秘・腹部膨満感など)で、SELECT 試験では中止率が 16.6%(プラセボ群 8.2%)でした(Lincoff et al., NEJM 2023)。多くは軽度〜中等度で、低用量から徐々に増量すること、空腹時の脂っこい食事を避けること、少量頻回の食事に切り替えることなどで管理可能です。まれな副作用として、急性膵炎、胆石症、糖尿病網膜症の一過性悪化、甲状腺 C 細胞腫瘍(齧歯類で確認、ヒトでの因果関係は不確定)があります。家族性甲状腺髄様癌・多発性内分泌腫瘍症 2 型(MEN2)の方は禁忌です。また、最近注目されているのが「筋肉量減少(サルコペニア)」のリスクで、減量に伴う除脂肪量の減少を防ぐため、運動療法と十分なタンパク質摂取を併用することが重要です(Lieberman et al., JAMA 2026)。当院では運動療法施設での個別運動プログラムと栄養指導を必ず併用する方針です。

Q5. 心筋梗塞・脳卒中を予防するために、薬以外で何が大切ですか?

予防の基本は「生活習慣の最適化」です。米国心臓協会(AHA)・米国心臓病学会(ACC)合同ガイドラインでは、(1)禁煙、(2)中等度の有酸素運動を週 150〜300 分(1 日 30 分×5 日)+週 2 回以上の筋力トレーニング、(3)地中海食または日本型食事(野菜・魚・全粒穀物中心、塩分・飽和脂肪酸を制限)、(4)BMI 25 未満の維持またはウエスト周囲径管理、(5)適度な飲酒(または禁酒)、(6)十分な睡眠(7〜8 時間)、(7)血圧 130/80mmHg 未満、(8)LDL コレステロール 70mg/dL 未満(高リスク患者)、(9)HbA1c 7%未満、を統合的に達成することが推奨されています。GLP-1 作動薬を含む薬物療法は、これらの「生活習慣の基盤」の上に乗る補助手段であり、生活習慣改善なしに薬だけで予防が完結することはありません。当院では、健康運動指導士・管理栄養士・専門医による多職種チームで、患者さん個別の生活習慣改善プログラムを継続的にサポートしています。「何から始めればよいかわからない」という方も、ぜひ一度ご相談ください。

参考文献

  1. National Institute for Health and Care Excellence. Semaglutide for reducing the risk of major adverse cardiovascular events in people with cardiovascular disease and overweight or obesity. Technology appraisal guidance TA1152. Published 7 May 2026. https://www.nice.org.uk/guidance/ta1152
  2. Lincoff AM, Brown-Frandsen K, Colhoun HM, et al. Semaglutide and Cardiovascular Outcomes in Obesity without Diabetes (SELECT). N Engl J Med. 2023;389(24):2221-2232. https://doi.org/10.1056/NEJMoa2307563
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※本コラムは医学的情報の提供を目的としたものであり、個別の診断・治療を代替するものではありません。
気になる症状がある方は医療機関にご相談ください。

記事監修者田場 隆介

医療法人社団 青山会 まんかいメディカルクリニック 理事長

医療法人社団青山会代表。兵庫県三田市生まれ、三田小学校、三田学園中学校・同高等学校卒業。 1997(平成9)年岩手医科大学医学部卒業、町医者。聖路加国際病院、淀川キリスト教病院、日本赤十字社医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院を経て、2009(平成21)年医療法人社団青山会を継承。 2025年問題の主な舞台である地方の小都市で、少子高齢化時代の主役である子どもと高齢者のケアに取り組んでいる。

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