【帯状疱疹】帯状疱疹は”脳の病気”だった!脳卒中、認知症との関連を解説
■はじめに
子どもの頃に「水ぼうそう(水痘)」にかかった経験のある方は多いはずです。かゆい発疹が全身に広がり、数週間で治った――そんな記憶をお持ちの方も多いでしょう。しかし、水痘を引き起こす「水痘帯状疱疹ウイルス(Varicella Zoster Virus:VZV)」は、皮膚の症状が治まった後も体の中から消えることはありません。ウイルスは神経節(神経細胞の集まり)に静かに潜み続け、免疫力が低下したときに再び目を覚まします。これが「帯状疱疹」です。
かつて帯状疱疹は「痛い皮膚病」として知られていましたが、近年の研究によって、このウイルスが脳や血管に対して深刻な影響を及ぼす可能性が次々と明らかになってきました。2026年2月にNatureReviews Microbiologyに掲載された国際的権威ある総説論文(Ogunjimi B ら)は、VZVと中枢神経系(CNS)の関係を多角的・学際的に検討し、脳卒中リスクの増大、認知症との関連、そしてワクチン接種の脳保護効果について、現時点でのエビデンスを包括的に整理しました。
本コラムでは、この最新総説を中心に、欧米の主要研究を加えながら、「水痘ウイルスと脳の因縁浅からぬ関係」を一般の方にもわかりやすく解説します。当クリニックでは生活習慣病の管理と並行して、ワクチン予防医学にも力を入れています。この記事が、帯状疱疹ワクチンの重要性を再認識するきっかけとなれば幸いです。
最新総説論文の解説
- Ogunjimi B et al. ‘Varicella zoster virus and the central nervous system.’ Nature Reviews Microbiology(2026)
■VZVの基礎生物学と病態生理
ウイルスとはどんな存在か
水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)は、ヘルペスウイルスの仲間(アルファヘルペスウイルス)に属します。
ウイルスの中心には「二本鎖DNA(dsDNA)」という遺伝情報が格納されており、その外側をカプシド・テグメント・エンベロープという三重の構造が守っています。ゲノムは約12万5,000塩基対(bp)で構成され、少なくとも71 種類のタンパク質をコードする遺伝子を持っています。この設計図を使って、ウイルスは宿主(ヒト)の細胞の中で増殖(溶解感染:lytic infection)したり、静かに潜んだり(潜伏感染:latent infection)したりします。重要なのは、VZVはヒトにしか感染しない「絶対的なヒト病原体」である点です。マウスなどの小動物では自然な感染実験ができないため、ヒト由来の細胞を使ったiPS細胞モデルや、臨床例の観察・剖検研究が主な知識の源となっています。
VZVが細胞に感染する際には、細胞表面の特定の受容体(マンノース6 リン酸受容体・ネクチン1・ミエリン関連糖タンパク質など)に結合し、細胞膜と融合して内部に侵入します。その後、ウイルスのDNA が細胞核に届き、即時型タンパク質(IE)→早期タンパク質(E)→後期タンパク質(L)という段階的な遺伝子発現を経て、新たなウイルス粒子が大量に産生・放出されます。
潜伏感染と再活性化のメカニズム
水痘が治った後、VZV は皮膚や粘膜の神経終末から軸索を逆行して、背根神経節(dorsal rootganglia:DRG)や三叉神経節(trigeminal ganglia)に到達します。感染後約13日で潜伏状態が確立されるとされています。潜伏時にウイルスDNA はエピソームという円形の形で宿主のクロマチン(染
色体構造タンパク質)に結合し、ヒストン修飾によって転写が抑制されています。三叉神経節では、神経細胞の約2〜5%がVZVを保有しており、1細胞あたり5〜7 コピーのウイルスゲノムが存在します。
潜伏中のウイルスが転写する遺伝子は「VLT(VZV latency-associated transcript)」と、そのスプライスバリアントである「VLT63-1」「VLT63-2」のみです。この発見(Depledge DP ら、Nat Commun 2018)は、VZVの潜伏マーカーとして現在最も信頼されています。なお、すべての潜伏ゲノムがVLTを転写しているわけではなく(VLT 発現は保有ゲノムの約0.49%)、一部は完全に転写活性がない状態で潜伏しています。
再活性化(帯状疱疹)は、加齢・免疫抑制・強いストレスなどにより免疫監視が低下したとき、複数の神経細胞でほぼ同時に起こると考えられています。VZV-ORF63 融合転写産物(VLT63)が幅広いウイルス遺伝子の発現を再開させることが示されており、これが「再活性化のスイッチ」として機能していると理解されています。その後、ウイルスは軸索を順行して支配皮膚分節(デルマトーム)に達し、帯状疱疹の典型的な片側性の皮疹と強い疼痛を引き起こします。
さらに、臨床的に皮疹を伴わない「不顕性再活性化」も存在することを示唆する小規模研究もあります。唾液や血液からのウイルスDNA検出、VZV特異的IgM/IgG抗体の変動などがその代理指標として使われていますが、頻度や詳細なメカニズムはいまだ不明です。この不顕性再活性化が中枢神経系(CNS)疾患にどの程度寄与しているかも、重要な研究課題として残されています。
■VZVによる中枢神経系(CNS)への影響
VZVはどうやって脳に達するか
VZV は本来、末梢神経系(PNS)である背根神経節・三叉神経節に潜伏します。しかし、三叉神経節の神経細胞は「偽単極性」という特殊な構造を持っており、末梢(皮膚・眼・鼻)と中枢(脊髄・脳幹)の両方向にひとつの軸索が伸びています。つまりこの神経は「末梢神経系と中枢神経系の境界」に位置しているのです。帯状疱疹再活性化の際、DRGや三叉神経節のウイルスが軸索の中枢枝を通じて脊髄・脳脊髄液・脳に広がることで、中枢神経系(CNS)疾患が生じる可能性があります。加えて、三叉神経節には硬膜や大型脳動脈(内頸動脈・中大脳動脈など)に感覚情報を送る神経細胞も含まれており、VZVが神経節内で周囲の細胞へ広がりながら(イントラガングリオン伝播)、脳血管壁に到達するルートも提唱されています。
急性CNS合併症:脳炎・髄膜炎・脊髄炎
VZV 感染(初感染または再活性化)は、脳炎(encephalitis)・髄膜炎(meningitis)・小脳炎(cerebellitis)・脊髄炎(myelitis)などの急性炎症を引き起こすことがあります。これらは通常、皮疹出現から数週間以内に発症します。脳炎の世界的な年間発生率は10万人あたり0.2〜0.4人、髄膜炎はデンマークのコホート研究で同0.7 人と推定されています。免疫正常の帯状疱疹患者のうち、帯状疱疹後神経痛(PHN)を除く神経合併症を3 ヶ月以内に経験する割合は0.48〜0.77%程度とされています。
脊髄炎・脳炎では脳脊髄液(CSF)からVZV DNAや抗VZV抗体が検出されることが多く、CNS内にウイルス抗原が存在することを示唆しています。病態としては、直接的なウイルス細胞障害(cytopathology)と、免疫系が引き起こす間接的な神経炎症(neuropathology)の両方が関与していると考えられています。炎症反応が強力な場合、VZV 誘発自己抗体(anti-aquaporin-4 抗体など)が検出されることもあり、免疫介在性の神経障害が重症化に寄与している可能性もあります。
脳血管障害(VZV血管症)と脳卒中
帯状疱疹後に、脳卒中や一過性脳虚血発作(TIA)が増加することは複数の疫学研究で示されており、この現象はVZV血管症(VZV vasculopathy)と呼ばれます。VZVが脳動脈壁に感染・炎症を起こし、血管の壁が肥厚・狭窄したり血栓が形成されやすくなったりすると考えられています。剖検例では脳血管壁からVZV抗原が検出された報告もありますが、一方でVZVが大型脳動脈に存在するという確実な証拠はいまだ限られており、論争が続いています。
帯状疱疹後の脳卒中リスクは時間とともに低下します。帯状疱疹診断から14日以内の相対リスク(RR)は1.80(95%CI: 1.42-2.29)と特に高く、90日時点で1.45、1年後には1.27まで低下します(Lu Pら、2023)。脳卒中リスクが上昇するメカニズムとして、①脳動脈壁への軸索経由ウイルス侵入、②帯状疱疹による全身性炎症→血管内皮機能障害・凝固亢進、③VZV感染細胞からの細胞外小胞(エクソソーム様)放出による血栓促進、の3つが提唱されています。
慢性CNS合併症:認知症との関連
VZVが認知症(特にアルツハイマー型、血管性認知症)と関連するかどうかは、現在最も注目される研究課題の一つです。VZVタンパク質がアミロイドβ(Aβ)の凝集を促進するという実験的報告がある一方で、iPS細胞由来のニューロン・グリア共培養モデルでは、VZV感染によるタウリン酸化やAβ蓄積は認められていません。また、脳組織でのVZV DNA検出は研究によって著しく結果が異なり(検出率0〜26%超)、認知症患者脳でのVZV存在についての一貫した証拠はありません。ただし、VZV感染が脳血管障害を引き起こすことを介した「血管性認知症」のリスク上昇は、一定の論理的根拠を持ちます。
■疫学的視点:脳卒中・認知症との関連を大規模研究で読み解く
帯状疱疹と脳卒中リスク
帯状疱疹後に脳卒中リスクが上昇するという証拠は、複数の独立した研究デザインで一貫して示されています。18のコホート研究と自己対照ケースシリーズを統合したメタ解析(Heiat Mら、Rev Med Virol 2024)では、帯状疱疹後の脳卒中全体のプールされた相対リスク(pooled RR)は1.22(95%CI: 1.12-1.34)でした。さらに重要なのは、リスクの時間的勾配です。帯状疱疹診断後14日以内に最も高いリスク(RR 1.80)が現れ、その後徐々に低下し、1年後(RR 1.27)には低下するものの依然として有意なリスク上昇が維持されます(Lu Pら、J Neurovirol 2023)。
初感染(水ぼうそう)後の脳卒中リスクについては、イギリスの4データベースを用いた自己対照ケースシリーズ(560例)で、水痘後6ヶ月間に小児では4.07倍、成人では2.13倍のリスク上昇が報告されています(Thomas SLら、Clin Infect Dis 2013)。なお、帯状疱疹後の脳卒中リスクは眼部帯状疱疹(HZO)を含む重症例でより顕著であり、免疫不全者では更にリスクが高まります。
帯状疱疹と認知症リスク:相反するエビデンス
帯状疱疹と認知症の関連については、現時点では研究結果が大きく分かれています。イギリス(CPRDデータ、17万7144例)・デンマーク(24万7305例)・アメリカ(Kaiser Permanente、2万5332例)など大規模かつ質の高いコホート研究では、帯状疱疹と認知症リスクに関連は認められませんでした(HR: 0.92〜0.99)。一方、韓国・台湾・ドイツ・イタリアなどのコホート研究では、帯状疱疹後に認知症リスクの軽度上昇(HR: 1.08〜2.97)が報告されています。
この矛盾する結果を解釈するための重要な鍵は「帯状疱疹の重症度」です。CSFからVZV DNAが検出された急性重症CNS合併症例(デンマーク、517例)では認知症リスクがRR 2.4と有意に上昇していました。入院を要するほどの重症帯状疱疹患者(イタリア、1万2088例)でも有意な認知症リスク上昇が報告されています。つまり、現時点では「重症の帯状疱疹関連CNS合併症は認知症リスクを高める可能性があるが、これはVZVに特異的な効果ではなく、重症感染症や脳炎全般に共通した効果かもしれない」と解釈するのが最も妥当です。
さらに、正しい解釈を妨げる方法論的問題(バイアス)も存在します。「健康ワクチン接種者バイアス(healthy vaccinee bias)」は、より健康な人ほどワクチン接種率が高く、認知症になりにくいため、ワクチン効果が過大評価される現象です。また、比較対照群の選定に将来情報(研究期間中に帯状疱疹を発症しなかった人)を用いると、比較的健康な対照群が選ばれてしまい、帯状疱疹群のリスクが相対的に高く見えてしまうバイアスも問題視されています。
ワクチン接種と脳保護効果
帯状疱疹ワクチン(特に組換えサブユニットワクチン「RZV:シングリックス」)接種者において、脳卒中および認知症リスクの低下を示す複数の観察研究が報告されています。脳卒中に関しては、ハザード比(HR)0.58〜0.76(リスク24〜42%低下)、認知症に関してはHR 0.65〜0.90(リスク10〜35%低下)と報告されています。ただし、前述のバイアスの問題があるため、これらの効果量をそのまま受け入れることへの慎重論も少なくありません。
より信頼性の高い研究デザインとして、「自然実験(regression discontinuity design)」を用いたウェールズの研究(Eyting Mら、Nature 2025)では、帯状疱疹ワクチン接種資格が生じる年齢の境界(79〜80歳)前後の集団を比較することで、選択バイアスを最小化。その結果、特に女性においてワクチン接種による認知症診断の有意な減少が確認されました。この研究は、従来の観察研究に比べてより因果関係に近い結論を示した点で注目されています。
■VZVに対する免疫反応:なぜある人は重症化するのか
自然免疫:インターフェロンとRNA Pol III
細胞がVZVのdsDNA(またはRNA複製中間体)を検知すると、自然免疫システムが活性化し、I型・III型インターフェロン(IFN)が産生されます。このウイルス検知機構の中で特に重要な役割を担うのが「RNAポリメラーゼIII(Pol III)」という酵素です。Pol IIIは本来tRNAなどの小さなRNAを合成する酵素ですが、同時にVZVゲノムに多いAT豊富配列を検知し、それをRIG-I経路を介したIFN産生につなぐ「細胞質内DNAセンサー」としても機能します。
この機構の重要性を実証した研究が、本論文の筆頭著者Ogunjimi Bらによる画期的な報告(J Clin Invest 2017)です。VZV脳炎・重篤なVZV感染を来した4人の小児を検討したところ、全員がPOLR3AまたはPOLR3C遺伝子(Pol IIIの構成要素をコードする)のヘテロ接合性ミスセンス変異を保有していました。これらの患者の免疫細胞ではVZV感染に応答したIFNα/β・IFNλの誘導が著しく障害されており、ウイルスの複製制御が困難となっていました。その後の研究では、成人のVZV脳炎や眼部帯状疱疹再発患者においてもPOLR3A・POLR3C・POLR3F変異が同定されており、Pol III-IFN経路がVZV再活性化の「見張り役」としても機能している可能性が示唆されています。
一方、VZV自身は強力な免疫回避機能を持っています。iPS細胞由来の神経細胞をVZVに感染させた実験では、感染細胞からのIFN応答がほとんど誘導されませんでした。これはVZVが感染した神経細胞内でのIFN産生を積極的に回避していることを意味し、CNSにおけるウイルスの「免疫からの逃避」を可能にしていると考えられます。
インターフェロン経路以外にも、オートファジー(自食作用)がVZVの複製制御に関わることが示されています。重篤な眼部・脳VZV感染患者から採取した神経細胞株では、オートファジー関連遺伝子のバリアントが見つかっており、in vitroでオートファジーが低下するとVZVの複製が亢進しました。これは、オートファジーが神経細胞内での過剰な炎症を抑制しながらウイルスを排除する、早期の神経保護的メカニズムとして機能していることを示唆しています。
■予防ワクチン:帯状疱疹を防ぐことが脳を守る
ワクチンの種類と効果
帯状疱疹ワクチンには大きく2種類あります。①生弱毒化ウイルスを使う「生ワクチン(ZVL;ゾスタバックス)」と、②遺伝子工学で作ったVZVの表面タンパク質(gE)にアジュバント(AS01B)を組み合わせた「組換えサブユニットワクチン(RZV;シングリックス)」です。無作為化比較試験(RCT)のデータでは、RZVは70歳以上でも帯状疱疹発症に対して約90%という非常に高い予防効果を示します(Cunningham ALら、N Engl J Med 2016)。ZVLも有効ですがRZVに比べると効果は限定的です。接種後10年経過しても予防効果は高く維持されることも確認されています(Boutry Cら、Clin Infect Dis 2021)。
ワクチン接種後の免疫学的変化として、RZVはCD4+T helper type 1(TH1)細胞と抗VZV抗体の両方を強力かつ持続的に増強します。興味深いことに、VZV抗体価の絶対値よりも「接種前後の抗体価の上昇倍率(fold rise)」が帯状疱疹予防と強く相関することが示されています(Gilbert PBら、J Infect Dis 2014)。RZVはまた、単球(monocyte)のエピジェネティクスに変化をもたらし、「訓練免疫(trained immunity)」と呼ばれる自然免疫の記憶形成を誘導することも最近明らかになっています(Johnson MJら、PLoS Pathog 2025)。
ワクチン接種と脳卒中・認知症予防
RZVおよびZVL接種者での脳卒中・認知症リスク低下を示す観察研究は世界中で蓄積されています。脳卒中については、韓国全国データを用いた研究(Lee Sら、Eur Heart J 2025)でZVL接種者における心血管イベント低下が確認されています。RZVについても、HR 0.58〜0.76での脳卒中リスク低下が複数の研究で示されています(Rayens Eら、Clin Infect Dis 2025)。認知症については、Taquet Mら(Nat Med 2024)がRZV接種者でのHR 0.83(CI: 0.79-0.87)という認知症リスク低下を報告。Eyting Mら(Nature 2025)のウェールズ自然実験では、特に女性でワクチン接種資格と認知症診断の減少に有意な関連が認められました。
ただし、帯状疱疹ワクチンによる脳保護の「メカニズム」はまだ完全には解明されていません。考えられる仮説は複数あります。①帯状疱疹そのものを予防することで、VZV血管症による脳卒中を防ぐ。②ワクチンアジュバント(MPL・QS21)が自然免疫を広く活性化し(訓練免疫)、認知症の病態(神経炎症・ミクログリア活性化)を間接的に抑制する。③CD4+T細胞・CD8+T細胞の増強が、HSVなど他のヘルペスウイルスとの交差免疫を通じて神経保護に働く。いずれにしても現時点でのエビデンスは因果推論に至っておらず、著者たちはRCTデザインによる検証が急務と結論づけています。
また、水痘ワクチン(小児期)についても考慮が必要です。二回接種による水ぼうそう予防効果は高く(約90%)、集団免疫の向上にも寄与しています。しかし水痘ワクチンウイルス(弱毒化株)自体も神経節に潜伏し、まれに帯状疱疹を引き起こすことがあります。幸いワクチン接種を受けた子どもでの帯状疱疹発症は自然感染に比べて78%低率であり、ワクチン株は再活性化能が低いことがiPS神経細胞モデルでも確認されています。
第1部の総説に加え、欧米の権威ある一次研究論文を取り上げ、その主要知見を解説します。
追加論文①:帯状疱疹ワクチン接種と認知症:ウェールズ自然実験
- Eyting M et al. “A natural experiment on the effect of herpes zoster vaccination on dementia.”Nature 641, 438-446 (2025)
本研究は、ウェールズにおける帯状疱疹ワクチン(ZVL)の接種制度が「年齢79歳まで」に限定されていたことを活用し、接種資格の境界年齢(79〜80歳)付近で接種を受けた集団と、受けられなかった集団の認知症発症率を比較した高品質な因果推論研究です。選択バイアスを大幅に排除したこの設計で、接種資格のある群での認知症診断が有意に減少し、特に女性でその効果が顕著でした。この研究はRZVや他のワクチンではなくZVLを対象としているため、効果の一般化には注意が必要ですが、「ワクチン接種が認知症リスクを低減する可能性がある」という仮説を裏付ける最も強力な証拠の一つとして国際的に注目されています。RCTによる更なる検証の必要性も強調されました。
追加論文②:組換え帯状疱疹ワクチン(シングリックス)と認知症リスク低下
- Taquet M, Dercon Q, Todd JA & Harrison PJ. “The recombinant shingles vaccine is associated with lower risk of dementia.” Nature Medicine 30, 2777-2781 (2024)
本研究は、RZV(シングリックス)とZVL(ゾスタバックス)接種者を傾向スコアマッチング(propensity score matching)で比較した大規模コホート研究です。ZVL接種者と比較して、RZV接種者では認知症発症リスクがHR 0.83(95%CI: 0.79-0.87)と有意に低下することが示されました。RZVはZVLより帯状疱疹予防効果が優れているにもかかわらず、認知症保護効果についてはZVLが相対的に優れているという逆説的な知見も観察され、ワクチンの認知症保護作用がウイルス予防だけでなくアジュバント効果(訓練免疫)によるものである可能性を示唆しています。ただし、COVID-19パンデミック期間にフォローアップが及び、診断パターンの変化が影響した可能性を著者自身が限界として挙げています。
追加論文③:帯状疱疹が脳卒中・TIA のリスク因子——英国大規模後ろ向きコホート
- Breuer J, Pacou M, Gauthier A & Brown MM. “Herpes zoster as a risk factor for stroke and TIA: a retrospective cohort study in the UK.” Neurology 82, 206-212 (2014)
英国の電子医療記録(UK General Practice Research Database)を用いた大規模後ろ向きコホート研究で、帯状疱疹患者6万6,000例以上と対照群を比較しました。帯状疱疹後3ヶ月以内の脳卒中・TIAリスクが有意に増加(OR 1.63、95%CI: 1.32-2.01)し、特に55歳未満の若年者での相対リスク上昇が顕著でした(OR 2.42)。眼部帯状疱疹(HZO)ではさらに高いリスク(OR 4.52)が観察されました。この研究はVZV後の脳血管イベントリスクに関する重要な初期証拠として、その後のメタ解析や現在の診療ガイドラインにも引用されている基盤的論文です。脳動脈への三叉神経経由のウイルス侵入経路を支持するデータとして重視されています。
追加論文④:VZV感染後の脳卒中リスク——系統的レビューとメタ解析
- Lu P, Cui L & Zhang X. “Stroke risk after varicella-zoster virus infection: a systematic review and meta-analysis.” Journal of Neurovirology 29, 449-459 (2023)
本研究は17の研究(合計112万4,778例の帯状疱疹患者)を統合した最新のメタ解析で、帯状疱疹後の脳卒中リスクを時系列で詳細に分析しました。最も重要な知見は「時間依存性リスク勾配」で、帯状疱疹診断後14日以内のリスクが最も高く(RR 1.80、95%CI: 1.42-2.29)、30日後にはRR 1.52、90日後でRR 1.45、半年後でRR 1.36、1年後でRR 1.27と段階的に低下しますが、1年以降も有意なリスク上昇が持続することが示されました。この時間依存パターンは、帯状疱疹後の急性炎症・凝固亢進のピーク期(14日以内)と、その後の緩やかな血管壁の炎症持続を反映していると解釈されています。また、眼部帯状疱疹や免疫不全者での特にリスクが高い傾向も再確認されました。
■よくあるご質問
Q: 帯状疱疹になると、必ず脳卒中リスクが上がるのですか?
帯状疱疹になったからといって必ず脳卒中が起きるわけではありませんが、統計的には脳卒中・一過性脳虚血発作(TIA)のリスクが一時的に上昇することが複数の疫学研究で示されています。Lu Pらのメタ解析(J Neurovirol 2023)によると、帯状疱疹診断から14日以内の脳卒中相対リスクは約1.80倍と最も高く、その後徐々に低下し、1年後には1.27倍程度まで低下します。ただしこれは「集団全体のリスク」であり、個人が必ず脳卒中になるということではありません。リスクが特に高いのは、眼部帯状疱疹(三叉神経・眼神経支配域の帯状疱疹)、免疫不全状態(糖尿病・ステロイド使用など)、55歳未満の若年発症例です(Breuer Jら、Neurology 2014)。帯状疱疹後数週〜数ヶ月は、頭痛・麻痺・言語障害などの神経症状に注意し、早めに受診することが大切です。
Q: 帯状疱疹ワクチン(シングリックス)を打つと、認知症の予防にも効果がありますか?
観察研究のデータでは、帯状疱疹ワクチン(特にRZV:シングリックス)接種者で認知症リスクが10〜35%程度低下するという報告が複数あります(Taquet Mら、Nat Med 2024;Eyting Mら、Nature 2025;Warren-Gash Cら)。ただし、現時点ではこれらはすべて「観察研究」であり、健康な人ほどワクチンを受けやすいというバイアス(健康ワクチン接種者バイアス)の影響を完全に除外できていません。また、インフルエンザや肺炎球菌など他のワクチンでも類似の認知症保護効果が報告されており、VZVに特異的な効果かどうかは不確かです(Harris Kら、J Alzheimer’s Dis 2023)。Ogunjimi Bらの総説(Nat Rev Microbiol 2026)も「認知症予防効果を確定させるためには無作為化比較試験(RCT)が急務」と結論づけています。したがって現時点で「認知症予防のためにシングリックスを打つ」というエビデンスには至っていませんが、帯状疱疹そのものを防ぐ高い効果(70歳以上で約90%)と、脳卒中などのリスク低減の可能性を合わせて考えると、50歳以上の方への積極的な接種を推奨することは合理的です。
Q: 子どもの頃に水ぼうそうにかかっていない場合、大人になってからのリスクはどうなりますか?
現在の成人のほとんどは幼少期に水痘(水ぼうそう)に自然感染しており、VZVが神経節に潜伏しています。しかし水痘ワクチン(小児期)を接種して自然感染を経験していない場合でも、ワクチン由来のウイルス株(Oka株)が神経節に潜伏することがあり、まれに帯状疱疹を引き起こすことが確認されています(Weinmann Sら、Pediatrics 2019;Civen Rら、Pediatr Infect Dis J 2009)。ただし水痘ワクチン接種を受けた子どもの帯状疱疹発症リスクは、自然感染者に比べて約78%低いとされています(Weinmann Sら)。未接種で水痘未罹患の成人が成人以降に初感染すると、小児より重症化しやすく、肺炎・脳炎などの合併症リスクも高まります。成人で水痘・帯状疱疹ワクチン未接種の方は、かかりつけ医にご相談ください。
Q: 帯状疱疹後神経痛(PHN)が長く続いています。これも脳への影響がありますか?
帯状疱疹後神経痛(PHN)は、帯状疱疹の皮疹が治癒した後も数ヶ月〜数年にわたって痛みが続く合併症で、帯状疱疹の最も頻度の高い後遺症です(免疫正常者の帯状疱疹でも約27%が経験)。PHNの主な病態はウイルスの持続感染ではなく、神経節・脊髄での神経炎症・神経障害と現在理解されています(Steain Mら、J Virol 2014;Haanpää Mら、Neurology 1998)。実際、PHN患者にPHN段階で抗ウイルス薬を投与する無作為化試験では有意な症状改善は認められず、PHN患者の背根神経節からVZV抗原は検出されていません。現時点では、PHNが直接的に「認知症」や「脳卒中」につながるという証拠はありませんが、慢性疼痛そのものがQOL(生活の質)・睡眠・精神的健康に大きな影響を与えます。帯状疱疹の早期段階での適切な抗ウイルス薬治療がPHNの予防・軽減に有効であり、予防的にはシングリックス接種でPHNのリスクも約90%低減できることが確認されています。
Q: 帯状疱疹後に頭痛や記憶の変化を感じています。何科を受診すればいいですか?
帯状疱疹発症後に頭痛・発熱・意識変容・麻痺・言語障害・著しい記憶の変化などの神経症状が現れた場合は、速やかに神経内科または救急を受診してください。VZV脳炎(encephalitis)やVZV脊髄炎(myelitis)は早期診断・早期の抗ウイルス療法(アシクロビル静脈内投与)が予後を改善します。帯状疱疹後数週〜数ヶ月の時期に突然の一側性頭痛・片麻痺・言語障害が起きた場合は、VZV血管症による脳卒中・TIAの可能性があり、MRIや脳脊髄液検査(抗VZV抗体・VZV DNA)が診断の助けになります(Gilden Dら、Lancet Neurol 2009)。なお、帯状疱疹後の「なんとなく記憶が悪くなった気がする」という訴えに関しては、PHNによる睡眠障害・うつ・慢性疼痛の影響も大きく関与しますので、まずはかかりつけ医(当クリニックでも対応可能です)にご相談ください。
参考文献
主要総説
- Ogunjimi B, Warren-Gash C, Ouwendijk WJD, Breuer J, Mogensen TH & Koelle DM. “Varicellazoster virus and the central nervous system.” Nature Reviews Microbiology. 2026.https://doi.org/10.1038/s41579-026-01289-9
欧米一次研究論文
- Eyting M, Schindler M, Geldsetzer P et al. “A natural experiment on the effect of herpes zostervaccination on dementia.” Nature 641, 438-446 (2025).
- Taquet M, Dercon Q, Todd JA & Harrison PJ. “The recombinant shingles vaccine is associated with lower risk of dementia.” Nature Medicine 30, 2777-2781 (2024).
- Breuer J, Pacou M, Gauthier A & Brown MM. “Herpes zoster as a risk factor for stroke and TIA: aretrospective cohort study in the UK.” Neurology 82, 206-212 (2014).
- Lu P, Cui L & Zhang X. “Stroke risk after varicella-zoster virus infection: a systematic review and meta-analysis.” Journal of Neurovirology 29, 449-459 (2023).
追加参照論文(本文中引用)
- Depledge DP et al. “A spliced latency-associated VZV transcript maps antisense to the viral transactivator gene 61.” Nature Communications 9, 1167 (2018).
- Ouwendijk WJD et al. “Varicella-zoster virus VLT-ORF63 fusion transcript induces broad viral gene expression during reactivation from neuronal latency.” Nature Communications 11, 6324(2020).
- Heiat M et al. “A comprehensive, updated systematic review and meta-analysis of epidemiologic evidence on the connection between herpes zoster infection and the risk of stroke.” Reviews in Medical Virology 34, e2556 (2024).
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まんかいメディカルクリニック | 兵庫県三田市 | 生活習慣病・内分泌・甲状腺・GLP-1専門外来
本コラムは医療・健康情報の提供を目的としており、個々の診断・治療に代わるものではありませ
ん。症状のある方はかかりつけ医にご相談ください。
記事監修者田場 隆介
医療法人社団 青山会 まんかいメディカルクリニック 理事長
医療法人社団青山会代表。兵庫県三田市生まれ、三田小学校、三田学園中学校・同高等学校卒業。 1997(平成9)年岩手医科大学医学部卒業、町医者。聖路加国際病院、淀川キリスト教病院、日本赤十字社医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院を経て、2009(平成21)年医療法人社団青山会を継承。 2025年問題の主な舞台である地方の小都市で、少子高齢化時代の主役である子どもと高齢者のケアに取り組んでいる。
