【健診】細胞が選ぶ最善の予防薬はやはり「運動」だった―分子レベルで解明された予防医療の最前線―
―分子レベルで解明された予防医療の最前線―
はじめに ― 「運動が体にいい」は、もはや常識を超えた科学
「適度な運動は健康にいい」――誰もが一度は聞いたことのある言葉です。しかし、なぜ運動が健康にいいのか、その理由を細胞レベル・分子レベルで説明できる人はそれほど多くありません。実は、運動が体内で何を起こしているのかは、過去 20 年間の生命科学の最大の発見のひとつであり、現在もなお最前線の研究テーマであり続けています。
2026 年、世界最高峰の代謝研究誌 Cell Metabolism に、Febbraio & Pedersen 教授ら(豪 Monash 大学・コペンハーゲン大学)による画期的なレビュー論文「Exercise as a therapeutic intervention for long-lasting and chronic diseases(慢性疾患に対する治療的介入としての運動)」が発表されました(Febbraio & Pedersen, Cell Metab 2026)。彼らは、運動がマイオカイン、エクサカイン、細胞外小胞(EVs)、エピジェネティック修飾といった分子メカニズムを通じて、心血管疾患・がん・認知症・代謝疾患などほぼすべての主要慢性疾患の発症と進行を抑制することを、最新の分子生物学エビデンスを統合して解説しました。
同じ 2026 年、米国医学会誌 JAMA に、米 Harvard 大学の進化生物学者 Lieberman 教授らによる注目すべき論考「The Conundrum of Exercise for Weight Management in the GLP-1 Receptor Agonist Era(GLP-1 受容体作動薬の時代における体重管理のための運動のジレンマ)」が発表されました(Lieberman et al., JAMA 2026)。GLP-1 作動薬(セマグルチド、チルゼパチドなど)が肥満治療の「魔法の薬」として注目を集めるいまこそ、運動の本質的な役割を再定義すべきだと著者らは訴えます。本コラムでは、これら 2 本の最新論文を主軸に、「運動」がなぜ細胞レベルで最強の予防医療なのかを、欧米の権威ある最新エビデンスとともにわかりやすく解説します。
1. 筋肉は「内分泌器官」だった ― マイオカイン革命
20 年前まで、骨格筋は単に「力を発揮し、姿勢を支える組織」と考えられていました。しかし 2000 年代初頭、コペンハーゲン大学の Pedersen 教授らが、運動中の筋肉から「マイオカイン(myokine)」と呼ばれるホルモン様の生理活性物質が分泌され、全身の臓器に作用していることを発見しました(Pedersen, Endocr Rev 2020)。この発見は医学に革命をもたらし、現在では筋肉は「最大の内分泌器官」と認識されています。
代表的なマイオカインの一つ、インターロイキン 6(IL-6)は、運動による筋収縮で大量に分泌され、慢性炎症を抑制し、脂肪燃焼を促進し、インスリン感受性を改善し、腹部脂肪を減少させます(Pedersen, 2020)。同じ IL-6 が、慢性疾患では「炎症を引き起こす悪玉」として働く一方、運動によって急性に分泌される IL-6 は「抗炎症ホルモン」として全身を守るのです。これは「運動が万病に効く」根本的な理由のひとつです。
他にも、イリシン(Irisin)は白色脂肪を「燃焼型の褐色脂肪」に変換し、BDNF(脳由来神経栄養因子)は脳の神経細胞の生存と成長を促進し、FGF-21 は脂質代謝と糖代謝を改善します(Febbraio & Pedersen, Cell Metab 2026)。さらに 2024 年の Cell Metabolism 誌のヒト血漿プロテオミクス解析では、12 週間の運動介入で約 5,000 種類のタンパク質に変化が認められ、心血管・代謝・免疫機能の改善と直接関連していました(Robbins et al., Cell Metab 2024)。当院でも、指定運動療法施設を併設し、こうした分子レベルの恩恵を地域の患者さんに届けています。
2. 運動は「全身の臓器」を組み立て直す ― エクサカインと細胞間通信
Febbraio & Pedersen 教授らの 2026 年 Cell Metabolism 論文では、マイオカインを含むより広い概念として「エクサカイン(exerkine)」が提唱されています。これは、運動によって筋肉だけでなく肝臓、脂肪組織、腸、心臓、脳など複数の臓器から分泌され、全身の細胞間通信を担う数百種類の生理活性物質群を指します(Febbraio & Pedersen, 2026)。
特に注目されているのが「細胞外小胞(extracellular vesicles: EVs)」です。これは細胞から放出される直径 50〜1,000nm ほどの極小カプセルで、内部にタンパク質、microRNA、脂質などの「メッセージ分子」を運び、遠く離れた臓器の細胞に情報を届けます。運動によって分泌量が急増することが、近年の研究で明らかになりました(Febbraio & Pedersen, 2026)。たとえば、運動で筋肉から放出された EVs 内の microRNA が、肝臓の脂肪代謝遺伝子を直接調整したり、脂肪組織の褐色化を促進したりすることが報告されています。
つまり運動は、心臓・骨・脳・腸・肝臓・免疫系といった多臓器を、エクサカインと EVs という「分子の言語」で同時に再プログラミングしているのです。これは、特定の受容体や酵素にだけ作用する一般的な薬剤では到底達成できない、「多重・多臓器・多階層」の介入です。Febbraio & Pedersen 教授らは、この性質こそが運動を「他に代わるもののない予防医療」たらしめている本質だと結論づけています(Febbraio & Pedersen, 2026)。
3. 運動は DNA レベルで体を変える ― エピジェネティクスとミトコンドリア
運動の効果は、細胞内のさらに深い階層――DNA そのものの「読み取り方(エピジェネティクス)」にも及びます。エピジェネティクスとは、DNA 配列を変えずに遺伝子の発現パターンを書き換える仕組みで、DNA メチル化、ヒストン修飾、非コード RNA などによって制御されます。運動はこのエピジェネティクスを介して、長期的な代謝記憶を体に刻み込みます(Febbraio & Pedersen, Cell Metab 2026)。
具体的には、定期的な運動が、抗炎症遺伝子・脂肪燃焼遺伝子・抗酸化遺伝子のスイッチを「オン」にし、炎症遺伝子・脂肪蓄積遺伝子の発現を抑制します。さらに細胞内のエネルギー工場である「ミトコンドリア」の数と機能を増やすマスター転写因子 PGC-1α を活性化し、細胞のエネルギー産生能力(=持久力)そのものを向上させます。これは「細胞が老化に抗う最も基本的な力」を強化する反応です。
2025 年に Cell 誌に発表された米国・スウェーデンの共同研究では、若年期の運動経験が「エピジェネティック・メモリ(運動の記憶)」として骨格筋細胞に長期間保存されることが示され、青年期に運動した人は加齢後も筋肉量・代謝機能が保たれやすいことが分子レベルで証明されました。さらに、運動はテロメア(染色体の末端を保護する構造)の短縮を遅らせ、細胞の老化を抑制することも、複数の前向き研究で確認されています(Febbraio & Pedersen, 2026)。「運動は最も効果的な抗老化薬」というのは、もはや比喩ではなく、分子生物学的な事実なのです。
4. 運動は「がん治療」のひとつになった ― CHALLENGE 試験の衝撃
「運動はがん予防」という観察研究は数多くありましたが、「運動が、がんの再発と死亡を実際に減らす」ことを世界で初めてランダム化比較試験で証明したのが、2025 年 6 月に N Engl J Med 誌に発表された CHALLENGE 試験です(Courneya et al., NEJM 2025)。
この国際共同試験(カナダ Cancer Trials Group 主導、6 か国 55 施設)では、補助化学療法を完了したステージ III・高リスクステージ II の大腸がん患者 889 人を、(1)3 年間の構造化運動プログラム群(週 150 分以上の中等度〜高強度有酸素運動)、(2)健康教育パンフレット群にランダム化し、中央値 7.9 年追跡しました。結果、運動群は対照群と比較して、無病生存(再発しないこと)が 28%改善、全死亡が 37%減少しました。8 年生存率は運動群 90.3% vs 対照群 83.2%で、肝転移再発、新規がん発症ともに大幅に減少しました(Courneya et al., NEJM 2025)。
この効果の大きさは、新規抗がん剤の臨床試験に匹敵します。「もしこれが薬だったら、年間 1 万ドルの値段がついて、FDA は優先審査をしただろう」――これが米国腫瘍学会(ASCO 2025)で発表された際の、研究者たちの実感です。運動の抗がん効果のメカニズムは、マイオカイン(IL-6、イリシン)による腫瘍微小環境の改変、NK 細胞・T 細胞などの免疫機能向上、慢性炎症の抑制、インスリン抵抗性・成長因子(IGF-1)の調整などが関与すると考えられています(Febbraio & Pedersen, Cell Metab 2026)。当院では、がん既往の方や予防を希望される方に、指定運動療法施設での運動処方をご提供しています。
5. 運動は「脳」を守る ― 認知症予防と神経再生のメカニズム
細胞レベルで運動が最も劇的に守る臓器のひとつが「脳」です。Febbraio & Pedersen 教授らの 2026 年 Cell Metabolism 論文では、運動による脳保護効果のメカニズムとして、(1)BDNF(脳由来神経栄養因子)の分泌増加による神経新生(海馬の神経細胞の新規生成)、(2)脳血流の改善、(3)神経炎症の抑制、(4)脳のインスリン感受性改善、(5)血液脳関門の機能維持――の 5 つが統合的にまとめられています(Febbraio & Pedersen, 2026)。
疫学的にも、運動の認知症予防効果は十分に確立しています。2022 年の British Journal of Sports Medicine 誌の系統的レビュー・メタ解析(58 研究、長期追跡研究)では、身体活動量の多い群はアルツハイマー病発症リスクが約 20%、全認知症リスクが約 17%低下することが示されました(Iso-Markku et al., BJSM 2022)。さらに 2024 年の BMC Geriatrics 誌のネットワークメタ解析では、有酸素運動が軽度認知障害(MCI)・アルツハイマー病患者の認知機能を有意に改善し、最適な運動量は週 650 METs-分(中等度運動約 160 分相当)と特定されました(Yuan et al., BMC Geriatr 2024)。
これは「運動が薬物療法と同等以上の認知症予防効果を持つ」という実用的なエビデンスです。アルツハイマー治療薬レカネマブの認知機能低下抑制効果は約 27%とされていますが、運動の効果はそれに匹敵する規模であり、副作用がほとんどなく、コストも低く、心血管・代謝・がんなど他の領域も同時に守れるという、薬物では実現困難な「多面的な恩恵」を提供します。
6. 「7,000 歩」の科学 ― 運動量は多ければ多いほどよいのか
「1 日 1 万歩」―この数字を聞いたことがある方は多いはずです。しかし最新のエビデンスは、このゴールがやや過剰であり、より現実的な目標が存在することを示しています。2025 年 7 月に Lancet Public Health 誌に発表された豪 Sydney 大学の Ding 教授らによる系統的レビュー・用量反応メタ解析(57 研究、計約 16 万人)は、歩数と健康アウトカムの関係を初めて包括的に明らかにしました(Ding et al., Lancet Public Health 2025)。
結果は明快でした。1 日 2,000 歩未満の人と比較して、1 日約 7,000 歩を歩く人は、(1)全死亡リスクが 47%減少、(2)心血管疾患リスクが 25%減少、(3)2 型糖尿病リスクが 14%減少、(4)認知症リスクが 38%減少、(5)うつ症状リスクが 22%減少、(6)転倒リスクが 28%減少、(7)がん発症リスクが 6%減少、と複数の主要アウトカムで顕著な恩恵が示されました(Ding et al., 2025)。
重要なのは、「1 日 4,000 歩程度」でも 2,000 歩未満と比較して明確な健康改善が得られることです。つまり、「すべての人が今より少しだけ歩くこと」が、最も費用対効果の高い予防医療なのです。1 万歩の達成にこだわって挫折するより、「まず 4,000 歩、目標は 7,000 歩」を継続することが、細胞レベルでの予防医療として最も現実的な処方箋になります。当院では、患者さん一人ひとりの体力・併存疾患・生活パターンに応じた個別の歩数・運動目標を、健康運動指導士が設定しています。
7. GLP-1 時代における運動の真価 ― 「薬で痩せる」が逃すもの
2026 年 5 月に JAMA 誌に発表された Lieberman 教授ら(Harvard 大学)の論考は、GLP-1 受容体作動薬(セマグルチド、チルゼパチドなど)が「魔法の減量薬」として爆発的に普及する現代に、極めて重要な警鐘を鳴らしました(Lieberman et al., JAMA 2026)。
GLP-1 作動薬による体重減少は確かに劇的です。しかし著者らが指摘するのは、薬剤による減量では失われる体重の 25〜40%が筋肉(除脂肪量)であるという事実です。これは絶食や極端なダイエットと同じ問題で、筋肉量の減少は基礎代謝の低下、転倒・骨折リスクの増加、サルコペニア・フレイル、長期的な体重リバウンドのしやすさを招きます。一方、運動を組み合わせた場合、減量効果に加えて筋肉量・骨密度・心肺機能が維持・向上し、減量で失われがちな「機能的健康(functional health)」が守られます(Lieberman et al., JAMA 2026)。
さらに重要なことに、運動は単に体重を減らす以外の数百のメリット――心血管予後の改善、認知機能の維持、がんリスクの低下、慢性炎症の抑制、メンタルヘルスの改善、社会的つながりの維持――を提供します。これらは体重計の数字には現れませんが、長期的な健康と人生の質を決定する核心です。Lieberman 教授らは「GLP-1 作動薬は強力なツールだが、運動の代替にはならない。両者を統合的に処方することこそ、現代の予防医療の正解だ」と結論づけています(Lieberman et al., JAMA 2026)。当院でも、肥満症治療において、GLP-1 受容体作動薬と必ず指定運動療法施設での個別運動プログラムを組み合わせる方針を採っています。
8. 当院の実践 ― 「運動という処方箋」を地域へ
ここまで見てきたように、運動は単なる「健康習慣」ではなく、細胞レベル・分子レベルで証明された最強の予防医療です。マイオカイン・エクサカインによる多臓器ネットワーク調整、エピジェネティクスを介した長期的な代謝記憶、ミトコンドリア機能向上、神経新生、抗炎症、抗腫瘍、抗認知症――これらすべてを同時に、副作用ほぼゼロで提供できる介入は、運動以外には存在しません。
まんかいメディカルクリニックでは、こうした最新エビデンスを臨床に反映するため、(1)指定運動療法施設の併設(健康運動指導士による個別運動プログラム)、(2)健康運動指導士・管理栄養士との多職種連携による食事・運動の統合的処方、(3)運動負荷評価・体組成測定・血液マーカー(脂質、HbA1c、γ-GTP、CRP 等)による効果のモニタリング、(4)CT・超音波・CGM による客観的な代謝・心血管・肝臓評価、(5)必要に応じた GLP-1 受容体作動薬・SGLT2 阻害薬等の保険適用範囲内での薬物療法と運動の併用――を、地域に根ざした包括的予防医療として提供しています。
「運動を始めたいが何から始めればよいかわからない」「持病があって運動が怖い」「GLP-1 薬を始めるが筋肉量が心配」「健診で複数の数値が引っかかった」――このような方は、ぜひ一度ご相談ください。三田市の地域医療機関として、最新の科学に基づいた、患者さん一人ひとりに合わせた「運動という処方箋」を、責任を持ってご提供いたします。
おわりに ― あなたの細胞は「動くこと」を待っている
「最善の予防薬は、薬箱ではなく、自分の体の中にあった」――これが Febbraio & Pedersen 教授らが Cell Metabolism 2026 論文で示した、現代医学の到達点です(Febbraio & Pedersen, 2026)。私たちの細胞、ミトコンドリア、遺伝子、内分泌系は、進化の過程で「動く生物」として最適化されてきました。座りっぱなしの生活は、細胞にとって本来想定されていない異常な環境であり、慢性疾患の温床となります。
しかし朗報は、この状況は「いつからでも変えられる」ということです。Lieberman 教授らが JAMA 2026 論文で強調するように、運動の恩恵に「年齢制限」はありません(Lieberman et al., 2026)。今日、明日から 1 日 4,000 歩、7,000 歩、週に 2 回の筋力トレーニング――こうした小さな積み重ねが、細胞レベルで体を再構築し、心臓を、脳を、免疫を、代謝を、人生そのものを守ります。
当院は、地域の皆様が「動ける体・健康な細胞」を一生持ち続けられるよう、最新エビデンスに基づいた運動処方・薬物療法・栄養指導・継続的モニタリングを統合的に提供しています。「最近、体が重い」「健診で運動を勧められた」「薬と運動、どう組み合わせればいいかわからない」―そうしたお悩みがあれば、どうぞお気軽にご相談ください。あなたの細胞は、運動習慣化への第一歩を待っています。
FAQ ― よくあるご質問
Q1. 「運動は細胞レベルで効く」とは、具体的にどういうことですか?
運動は単に「筋肉を動かす」だけでなく、細胞内で次のような変化を引き起こします。(1)筋肉から「マイオカイン」と呼ばれる数百種類のホルモン様物質が分泌され、心臓・脳・肝臓・脂肪組織を含む全身の臓器に作用します(Pedersen, Endocr Rev 2020)。(2)細胞内のエネルギー工場「ミトコンドリア」の数と機能が増え、代謝能力が向上します。(3)DNA の「読み方(エピジェネティクス)」が変化し、抗炎症・脂肪燃焼遺伝子のスイッチが入ります(Febbraio & Pedersen, Cell Metab 2026)。つまり運動は、特定の臓器・分子だけに効く一般的な薬とは違い、「全身の細胞を同時に最適化する」ユニークな介入なのです。だからこそ、心臓・脳・がん・代謝・免疫など、これほど多様な疾患に対して同時に予防効果を発揮できます。当院では、こうした分子レベルの恩恵を、運動療法施設での個別プログラムを通じて地域の患者さんに届けています。
Q2. 1 日何歩、何分くらい運動すれば「細胞レベル」で効果が出るのでしょうか?
2025 年 Lancet Public Health 誌のメタ解析(計 16 万人)では、1 日約 7,000 歩で全死亡リスク 47%減少、認知症リスク 38%減少、心血管疾患リスク 25%減少と、明確な効果が確認されています(Ding et al., 2025)。重要なのは、「1 日 4,000 歩」でも 2,000 歩未満と比較して明らかな改善が得られる点で、「いきなり 1 万歩」を目指す必要はありません。運動量の目安としては、米国心臓協会(AHA)・米国心臓病学会(ACC)合同ガイドラインに沿って、中等度の有酸素運動を週 150〜300 分(1 日 30 分×5 日が目安)、加えて週 2 回以上の筋力トレーニングが推奨されています。これに加えて、長時間の座位を避け、こまめに立ち上がる(座位中断)ことも、独立した健康効果があります。当院では患者さん個別の体力・持病に合わせた目標設定を、健康運動指導士が行っています。
Q3. GLP-1 薬(セマグルチド・チルゼパチド)で痩せれば、運動はしなくてもいいですか?
いいえ、運動を組み合わせることが必須です。2026 年 JAMA 誌の Lieberman 教授らの論考では、GLP-1 作動薬による減量では失われる体重の 25〜40%が筋肉(除脂肪量)であり、これは基礎代謝の低下、転倒・骨折リスクの増加、サルコペニア(筋肉減少症)、長期的な体重リバウンドを招くと警告されています(Lieberman et al., JAMA 2026)。一方、運動を併用すれば、(1)減量と同時に筋肉量と骨密度を維持できる、(2)心肺機能が向上する、(3)体重以外の数百の健康メリット(心血管予後、認知機能、がんリスク低下、抗炎症、メンタルヘルス)が得られる、(4)薬剤を中止した後の体重維持がしやすくなる、という GLP-1 薬だけでは得られない恩恵が手に入ります。Lieberman 教授らは「GLP-1 作動薬と運動は競合関係ではなく、統合的に処方すべき」と明言しています。当院では、GLP-1 薬処方時には必ず運動療法施設での個別プログラムを併用する方針を採っています。
Q4. すでに「がん」「認知症」などの病気がある場合でも、運動は効きますか?
はい、効果が確認されています。2025 年 6 月に N Engl J Med 誌に発表された CHALLENGE 試験(889 人、中央値 7.9 年追跡)では、補助化学療法後の大腸がん患者で 3 年間の構造化運動プログラムが、無病生存を 28%改善、全死亡を 37%減少させました(Courneya et al., NEJM 2025)。これは新規抗がん剤の効果に匹敵する規模です。認知症についても、2024 年の BMC Geriatrics 誌のメタ解析では、軽度認知障害・アルツハイマー病患者で適切な運動が認知機能を有意に改善することが確認されています(Yuan et al., 2024)。最適な運動量は週 650 METs-分(中等度運動約 160 分相当)で、有酸素運動が特に効果的でした。ただし、既存疾患がある場合の運動は、医師の評価と適切な処方のもとで行う必要があります。当院では、CT・超音波・血液検査による評価、健康運動指導士による安全な個別プログラム作成、定期的な効果モニタリングを組み合わせて、疾患を抱える患者さんにも安全な運動療法を提供しています。
Q5. 運動はわかっているけれど続かない…という方への助言はありますか?
「続かないのは意志が弱いから」と自分を責める必要はありません。運動の継続は、実は「環境設計」と「最初の障壁の低さ」がカギです。Lancet Public Health 2025 年の研究でも、「2,000 歩→4,000 歩」の小さな増加でも明確な健康効果が得られることが示されています(Ding et al., 2025)。「まず 1 日 10 分、近所を歩く」――これだけでも始める意味があります。当院の運動療法施設では、(1)健康運動指導士・管理栄養士による個別プログラムと継続支援、(2)週 2〜3 回の通所型プログラムでの集団運動の楽しさと習慣化、(3)定期的な体組成測定・血液マーカーの推移を「見える化」する達成感、(4)指定運動療法施設としての医療保険適用、を組み合わせ、「一人だと続かない」を「一緒だから続く」に変えるサポートを提供しています。気になる方はお気軽にご相談ください。
参考文献
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- Lieberman DE, Aslan DH, Heymsfield SB. The Conundrum of Exercise for Weight Management in the GLP-1 Receptor Agonist Era. JAMA. 2026. https://doi.org/10.1001/jama.2026.5537
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- Courneya KS, Vardy JL, O’Callaghan CJ, et al. Structured Exercise after Adjuvant Chemotherapy for Colon Cancer. N Engl J Med. 2025;393(1):13-25. https://doi.org/10.1056/NEJMoa2502760
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- Yuan Y, Yang Y, Hu X, et al. Effective dosage and mode of exercise for enhancing cognitive function in Alzheimer’s disease and dementia: a systematic review and Bayesian Model-Based Network Meta-analysis of RCTs. BMC Geriatr. 2024;24(1):480. https://doi.org/10.1186/s12877-024-05060-8
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※本コラムは医学的情報の提供を目的としたものであり、個別の診断・治療を代替するものではありません。
気になる症状がある方は医療機関にご相談ください。
記事監修者田場 隆介
医療法人社団 青山会 まんかいメディカルクリニック 理事長
医療法人社団青山会代表。兵庫県三田市生まれ、三田小学校、三田学園中学校・同高等学校卒業。 1997(平成9)年岩手医科大学医学部卒業、町医者。聖路加国際病院、淀川キリスト教病院、日本赤十字社医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院を経て、2009(平成21)年医療法人社団青山会を継承。 2025年問題の主な舞台である地方の小都市で、少子高齢化時代の主役である子どもと高齢者のケアに取り組んでいる。
