病気と健康の話

【睡眠時無呼吸症候群】痩せ薬でCPAP離脱も?無呼吸症候群治療の新時代が見えてきた

■睡眠時無呼吸症候群の概要と背景

睡眠時無呼吸症候群(SAS)は、睡眠中に繰り返し呼吸が止まってしまう病気です。典型的な症状は、大きないびきや日中の強い眠気ですが、放置すると高血圧・心疾患・脳卒中・糖尿病など様々な合併症リスクが高まることが知られています。実際、日本の成人のおよそ3人に1人がSASの予備群とも言われるほど頻度が高い疾患であり、社会全体の健康管理上も見過ごせない問題です。SASは肥満や加齢と深く関連し、中高年男性に多い傾向がありますが、女性や若年層でも肥満があれば発症し得ます。また運転中の居眠りなどによる事故リスクもあり、早期発見と適切な治療が重要です。

従来、SASの治療は睡眠時に持続陽圧を気道に加えて閉塞を防ぐCPAP(シーパップ)療法が標準的でした。CPAPはマスクと装置で空気を送り込み、使用初日から無呼吸をほぼ確実に防いで症状を劇的に改善します。一方で、「毎晩機器とマスクを装着し続ける負担が大きい」「根本治療ではないため原則一生続ける必要がある」といった課題もあります。また肥満が原因の患者では、体重減少による根治も目指したいところですが、生活習慣の改善だけで大幅な減量を維持するのは容易ではありません。こうした中、近年欧米で「SAS治療の新時代」とも言える大きな変化が起きつつあります。それは、GLP-1受容体作動薬(肥満症治療薬としても注目される注射薬)など、新しい薬物療法によってSASの重症度を改善できる可能性が示されてきたことです。以下では、最新の研究知見にもとづき、SAS治療の現状と展望について詳しく解説します。

■PAP療法による心血管イベント・死亡率リスク低減効果(Divoら 2025年, Eur Respir J)

まず、従来からの標準治療であるPAP療法(持続陽圧呼吸、一般にはCPAPとほぼ同義)の効果について、新しいエビデンスを確認しましょう。SAS患者では心筋梗塞や脳卒中など心血管疾患のリスクが高まることが知られますが、PAP療法がそうした重大イベントや死亡を減らせるかについてはこれまで議論がありました。過去のランダム化比較試験では、明確な予防効果が示されなかったケースもあったためです。しかし2025年、欧州呼吸器ジャーナル(Eur Respir J)に発表されたスペインのDivoらの研究は、この疑問に答える重要なデータを提供しました。

DivoらはSAS患者5,358人を平均14年間追跡し、PAP療法の長期アウトカムへの影響を観察しました。対象の平均年齢は55歳、平均BMIは32と肥満傾向、無呼吸低呼吸指数(AHI)は平均35/時で、中等症~重症のOSA患者が含まれています。追跡期間中、754人が非致死的な主要心血管イベント(心筋梗塞、脳卒中、血行再建術、心不全発症の総称;NF-MACE)を経験し、858人が死亡しました。解析の結果、心血管イベントや死亡のリスクを上げる因子として、①60歳超の高齢、②重症OSA(AHI>30)、③既往の心血管疾患、④非HDLコレステロール高値( ≥200mg/dL )、⑤COPD合併といった項目が特定されました。一方で、PAP療法の粘り強い実施(アドヒアランス良好群)はこれらアウトカムに対して有意に保護的な効果を示し、NF-MACEおよび死亡リスクを、約54%低減していました(オッズ比0.46, 95%信頼区間0.38–0.56)。特にベースラインでリスクの高い患者ほど絶対リスク減少幅も大きく、中央値で16%のリスク低減が得られたと報告されています。Divoらはこれらのデータを基に患者ごとの長期リスクを予測する計算モデルも構築し、受診時の評価に役立てられる可能性を示しました(モデルのROC曲線下面積0.75)。

この研究の結論は明確です:「PAP療法の継続使用は、SAS患者における非致死的心血管イベントおよび死亡の長期リスク低減と関連する」。従来議論のあった、心血管予防効果が大規模で長期のデータにより裏付けられ、SAS治療の重要性が改めて示された形です。PAP療法は日中の眠気や生活の質改善だけでなく、長い目で見れば命を守る可能性があることが強調されました。この知見は、SAS患者さんが治療を継続するモチベーションにもつながるでしょう。もちろん、本研究は厳密な無作為化試験ではなく、観察研究である点に留意が必要ですが、それでも5千人規模・14年というスケールから得られたエビデンスの意義は大きいと言えます。

■新薬tirzepatideによる睡眠時無呼吸の改善:SURMOUNT-OSA試験とNEJM論評(Patel 2024年)

一方、SAS治療の新たな地平を切り拓く研究として注目されるのが、体重管理によるOSA重症度の改善を狙った臨床試験です。特に2024年に米国で発表されたSURMOUNT-OSA試験は画期的でした。この試験は、肥満を伴う中等症~重症OSA患者に対し、週1回の注射薬tirzepatide(商品名:Zepbound)を52週間投与して無呼吸指数(AHI)の変化を評価したものです。tirzepatideはGLP-1受容体作動薬とGIP受容体作動薬の二重作用を持つ新薬で、肥満症への高い有効性から、抗肥満薬としても注目されています。GLP-1とGIPというホルモンは腸管から分泌され食欲や血糖調節に関与する「インクレチン」と呼ばれるもので、tirzepatideはそれらの受容体を同時に刺激することで強力な食欲抑制と体重減少効果をもたらします。

SURMOUNT-OSA試験では、参加者の背景により2つのグループに分けて検証が行われました。一つは「CPAP未使用または使用できない患者群」、もう一つは「既にCPAP療法を3ヶ月以上継続中の患者群」です。各群それぞれでtirzepatide投与群(最大15mgまで漸増, n=234/235人)とプラセボ群(n=235/230人)に無作為割付し、1年間の経過を比較しました。主要評価項目はAHIのベースラインからの変化量です。

結果は良好でした。52週後、AHIはtirzepatide群で大幅に減少し、プラセボ群との差は両群とも1時間あたり20回以上にもなりました(CPAP未使用群で-25.3 vs -5.3イベント/時、差-20.0;CPAP使用群で-29.3 vs -5.5イベント/時、差-23.8、いずれもp<0.001)。割合で見てもAHIがおよそ半減し、特にCPAP使用群では平均56%もの低減率でした。さらに低酸素負荷(睡眠中の低酸素状態の累積指標)も著明に改善し、患者の自覚症状や日中の眠気スコアも統計学的に有意な改善を示しました。加えて、体重はtirzepatide群で16~17%の減少となり(プラセボ群では数%程度)、収縮期血圧も数mmHg低下しました。こうした効果はCPAPの併用有無にかかわらず一貫しており、「肥満関連OSAの治療において、生活指導と併用したtirzepatideは有効な新規薬物選択肢となり得る」ことが示唆されています。

副作用面では、主に胃腸症状(吐き気24%、下痢24%程度)がみられましたが、大半は軽度~中等度で、重篤な有害事象による中止は4%未満と報告されています。重大な副作用として注意すべき膵炎は稀(<1%)でした。このように、安全性も概ね許容範囲と考えられました。ただし心血管イベントへの本剤の影響については本試験では評価されておらず、長期の臨床的ベネフィット検証は今後の課題とされています。

SURMOUNT-OSAの結果を受け、米国の医学誌NEJMにはPatel SR氏による「睡眠時無呼吸治療の新時代に突入」と題した論評が掲載されました。Patel氏は「今回の試験は、肥満に起因するOSAに対し薬物療法で介入するという新たなパラダイムを示した」と評価し、特に「肥満症治療薬でこれほどAHIが改善したのは初めてであり、OSA治療戦略を刷新する可能性がある」と論じています。また、この試験ではCPAP使用中の患者でも追加効果がみられたことから、「従来は体重減少してもCPAPは必要」という固定観念が揺らぎ、将来的には薬物療法+減量によってCPAP離脱も視野に入るのではないかと示唆しています。実際、tirzepatide投与群では約半数がAHI 5未満の正常~軽症レベルにまで改善したとの解析もあり、一部の患者ではCPAP無しで十分コントロール可能な状態に到達したと言えます。

この画期的な成果を受け、2024年12月には米国FDA(食品医薬品局)がtirzepatide(Zepbound)を「肥満を伴う中等症以上のOSA」に対する初の薬物治療として承認しました。FDAの呼吸器領域担当部長は「OSA患者にとって初の薬物療法オプションが承認されたことは大きな前進である」とコメントしています。承認条件として、食事療法・運動療法の併用が求められています。これは本薬が根本的には体重減少を通じて効果を発揮するものであり、生活習慣改善とセットで用いることが望ましいためです。こうした動きは、SAS治療が「陽圧デバイス」中心から「代謝異常への介入」へと領域を拡大しつつあることを象徴しています。

■GLP-1受容体作動薬とGIP:基礎作用とSASへの応用研究(Respirology/Translational Medicine)

では、tirzepatideにも搭載されているGLP-1受容体作動薬(GLP-1 RA)およびGIPについて、少し基礎的な仕組みとSASとの関係を整理しましょう。

GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)は小腸から食事のたびに分泌されるホルモンで、膵臓のインスリン分泌を刺激して血糖上昇を抑える作用を持ちます。同時に脳の満腹中枢に働きかけて食欲を低下させ、さらに胃の内容排出を遅らせることで満腹感を持続させます。この作用に着目して開発されたのがGLP-1受容体作動薬で、当初は糖尿病治療薬(例:リラグルチド=ビクトーザ®, セマグルチド=オゼンピック®等)として使われ始めました。ところが血糖改善とともに著明な減量効果が得られることが分かり、近年では高用量製剤が肥満症治療薬(例:セマグルチド2.4mg=ウェゴビ®)としても承認されています。週1回の注射で半年~1年かけ体重の15%以上減らせるケースも多く、減量治療を一変させる「ゲームチェンジャー」として世界的な社会現象にもなりました(供給不足になるほど人気化したほどです)。一方、副作用としては吐き気・胃もたれ等の消化器症状が比較的多く見られますが、慎重に増量すれば重篤なものは稀で、総じて忍容性は良好とされています。

GIP(胃抑制ポリペプチドまたはグルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド)もインクレチンホルモンの一種で、小腸上部から分泌され血糖上昇時にインスリン分泌を促進します。単独では肥満への直接効果は明確でないものの、GLP-1との二重作動(dual agonist)とすることで相乗的な体重減少効果が得られることがtirzepatideの臨床試験で証明されました。最高用量15mgでは体重の20%以上減少する人が半数以上にのぼり、その減量幅は一部で減量手術(スリーブ手術)に匹敵すると言われています。

以上のような強力な減量薬の登場は、「肥満はSAS最大の危険因子」という事実に鑑みれば、SAS治療にも応用できるのではないか――と考えられるのは当然の流れでした。実際、体重10%減でAHIが約30%減るといった報告もあり、以前から減量はSAS管理の基本戦略と位置付けられてきました。とはいえ、「生活習慣改善や減量手術で体重を落としてもOSAが完全に治るとは限らない」という難しさもあり、また減量自体の維持が困難であることが大きな課題でした。そこで薬による減量という新たなアプローチが期待されたのです。

近年、公表された幾つかの研究は、GLP-1 RAがSASの重症度を改善し得ることを示唆しています。例えば2016年に報告されたSCALE睡眠時無呼吸試験では、肥満の中等症~重症SAS患者(CPAP未導入)に対しGLP-1作動薬リラグルチド3.0mgを32週投与したところ、AHIがプラセボ群より平均6回/時多く改善しました(AHI変化量 -12.2 vs -6.1/時、差-6.1/時)。体重も5.7%減とプラセボ群を有意に上回り、血圧や血糖指標も改善しています。この研究は当時から「減量によるOSA改善効果」を裏付けるものとして注目され、実際に体重減少幅とAHI改善度には相関があることも示されました。

その後、小規模な臨床試験の蓄積や予備的報告がいくつか出た段階で、包括的な分析も行われました。2023年のRespirology誌にはオーストラリアのHamiltonらによるコメント記事が掲載され、GLP-1 RAのOSA治療への可能性が論じられています。著者らは「減量がSAS治療の王道だが維持が難しい。GLP-1 RAはその問題を解決する有力な手段になり得る」と述べ、実際にGLP-1 RA投与でAHIが改善した初のRCT(上述のSCALE試験)の意義を強調しています。さらに「より強力なtirzepatideのOSA治療効果にも期待」と言及しつつ(執筆時点ではSURMOUNT-OSA試験進行中でした)、将来的なシナリオとして次のような展望を示しました。

  • 軽症OSA患者では、生活習慣改善+GLP-1 RAのみでCPAPなしに十分コントロールできる可能性がある。
  • CPAPなどデバイス療法が難しい患者に対して、GLP-1 RAで体重減少させることでOSA自体と日中症状の双方を改善できる(AHIが完全になくならなくても、体重減により疲労感や代謝状態が好転する意義は大きい)。
  • GLP-1 RAの体重減少効果を利用してOSA患者の心血管リスクを直接低減し得る(GLP-1 RAは糖尿病患者で心血管イベントと死亡を減らすことが証明されているため、OSAでも同様の効果が期待される)。
  • 副作用の少ない新規薬剤との併用により、体重減少がもたらす気道構造改善と他の薬の作用(咽頭筋賦活薬など)を組み合わせ、「オーダーメイド治療」が可能になるかもしれない。実際、最近開発中のOSA治療薬(上気道反応性や呼吸調節をターゲットにしたもの)は重度肥満では効果が限定的とされ、GLP-1 RAで肥満度を下げることでそうした薬の効き目を引き出す補助となり得るという視点です。

こうした展望は2024~2025年に続々と出てきた実証データによってさらに後押しされました。2025年のTranslational Medicine(Journal of Translational Medicine)には、中国のYangらによる系統的レビュー/メタ解析論文が掲載され、GLP-1 RAのOSAへの効果をまとめています。この解析ではランダム化試験8件など計10の研究が検討され、2型糖尿病を合併するOSA患者においてGLP-1 RA群は対照群よりAHIを有意に平均5.7/時減少させたと報告されました(95%信頼区間 -7.97~-3.38)。また肥満のみ(糖尿病なし)のOSA患者でもAHI減少の傾向があり、エビデンスの蓄積次第では有効性が支持される可能性が示唆されています。著者らは「肥満かつOSAの患者では、重大な副作用に留意しつつGLP-1 RAを治療選択肢として考慮してよい」と結論づけています。

さらに直近の研究として、2025年5月にSleep Medicine誌で発表されたマレーシアのKowらによるメタ解析も注目されています。この解析では非糖尿病の肥満OSA患者に限定し、GLP-1 RAの効果を検証しました。結果は驚くべきもので、AHIが平均で約16.6/時も減少しており(95%CI: -27.9~-5.3)、統計的にも明確な改善が確認されました。解析対象となった試験にはtirzepatideを用いたSURMOUNT-OSAも含まれていたため、減少幅が大きく出ていますが、少なくとも「GLP-1 RAはOSA重症度を有意に下げうる」という結論は揺るぎません。副作用としては消化器症状を中心にプラセボより多めではあるものの(OR 1.62)、致命的なリスクよりもメリットが上回る可能性が示されています。

以上のように、GLP-1 RAおよびGIP/GLP-1二重作動薬は単なる体重減少効果にとどまらず、OSAそのものの新たな治療の柱となりつつあるのです。近年は抗肥満薬ブームの中で「GLP-1で睡眠の質が上がった」「いびきが改善した」という声も散見されますが、エビデンスもそれを裏付け始めています。ただし、あくまで肥満関連OSAに限った話であり、体格に問題ないタイプのOSA(いわゆる扁桃肥大や小顎が原因のタイプなど)には直接の効果は期待できません。また薬物である以上、副作用管理や長期安全性の検証も必要です。費用も高額になるため、現時点では誰もが気軽に使えるものではありません。それでも「痩せれば良くなる」と分かっていても痩せられなかったOSA患者さんにとって、薬の力を借りてでも減量でき症状が和らぐ意義は大きいでしょう。

■欧米の最新エビデンスを踏まえた治療の展望

欧米から相次いで報告されたこれら最新エビデンスを受け、SAS治療は大きな転換期を迎えようとしています。まず、長期予後という観点では、CPAP療法の重要性が改めて確認されました(Divoら研究)。特に心血管リスクを抱えるOSA患者では、CPAPをしっかり継続することで心筋梗塞や脳卒中から身を守れる可能性が示されたことは見逃せません。この知見は医療者側にも「治療介入すべき患者の選別」に役立つでしょう。実際、Divoらは年齢やコレステロールなどと併せて「CPAPをやればこのくらいリスクが下がる」というモデルを提示しており、今後はリスクの高いOSA患者を早期に捕捉し、積極的にCPAP導入を促すようなアプローチが強化されると考えられます。

一方で、「痩せる薬」でOSAを治療する時代が現実味を帯びてきたことも大きな変化です。NEJM論評が「新時代の到来」と表現したように、これまでCPAPやマウスピース、外科手術といった器械的アプローチしかなかったOSA治療に、内科的治療(薬物療法)という新たな選択肢が加わりました。その筆頭がFDA承認も得たtirzepatideですが、今後は他のGLP-1 RA(例えば高用量セマグルチド等)についてもOSAへの適応が検討される可能性があります。実際、米国睡眠学会(AASM)でもZepbound承認を「画期的」と歓迎する声明を出しており、今後の治療ガイドライン更新で言及されることは確実でしょう。

さらに先を見据えると、「減量+α」でOSAを多角的に治療する時代が来るかもしれません。例えば、GLP-1 RAで適度に減量した上で、残ったOSAに対して低酸素感知を改善する薬や舌下神経刺激療法などを組み合わせるといった個別化治療です。OSAは原因も表現型も多様な疾患であり、一人ひとりに合わせたオーダーメイド治療が理想とされています。そこに今回のような代謝系の薬剤が加わることで、「肥満重症型」「中枢型」など患者のタイプごとに治療オプションを組み合わせる時代が来る可能性があります。欧州でも「非CPAP治療」に関するガイドライン作成が進んでおり、体位療法や口腔内装置、外科手術に加えて薬物療法も視野に入れた包括的戦略が議論されています。

もっとも、現時点ではCPAPが依然としてエビデンス・実績ともに最も確実な治療法であることに変わりはありません。特に重症例では、薬のみで気道閉塞を完全に防ぐのは難しく、まずはCPAPで急場をしのぎつつ併行して減量を図る方法が現実的です。また日本に目を移すと、GLP-1系薬剤をSAS治療目的で使うことには保険のハードルがあります(詳細は後述のFAQ参照)。したがって、「いびきがうるさいからとりあえず痩せる注射を打って終わり」というほど簡単な話ではありません。それでも海外の最新知見が示すように、「減量すればここまでSASが良くなる」という具体的なデータが得られた意義は大きく、従来治療との使い分け・併用によって患者さん一人ひとりに最適な治療計画を立てられる時代が近づいています。今後の研究で安全性と有効性がさらに確認され、保険適用など制度面の整備が進めば、日本でもSAS治療の選択肢が大きく広がることでしょう。

■FAQ(よくある質問と回答)

Q1.SASの診断に必要な検査について教えてください。

睡眠時無呼吸症候群(SAS)の診断には、一晩の睡眠検査が必要です。具体的には、以下のような検査方法があります。

簡易検査(自宅での睡眠モニタリング)

鼻に装着したカニューレや指先のセンサーで、睡眠中の呼吸気流や酸素飽和度を測定する簡便な検査です。自宅で実施できるため手軽で、呼吸の無呼吸・低呼吸指数(AHI)を算出してSASの重症度を判定できます。一晩のうち何回呼吸が止まるか(または浅くなるか)を調べ、一般にAHIが5以上でSASと診断され、15以上で中等症、30以上で重症と分類されます。簡易検査は保険適用で行える一次検査で、症状やリスクが高い場合にはまずこの方法が用いられます。

精密検査(終夜ポリソムノグラフィ:PSG)

医療機関や睡眠検査施設に一泊して行う詳しい検査です。簡易検査の項目に加え、脳波(睡眠段階)、筋電図、心電図、睡眠中の体位やいびき音なども含めて包括的に記録します。診断精度は高いですが手間がかかるため、通常は簡易検査でSASと判断された場合や、症状が強いのに簡易検査で異常が出なかった場合などに実施されます。なお、専門施設では簡易検査でも十分診断可能との見解もあり、まずは簡易検査で評価するのが一般的です。

いずれの検査でも痛みはなく、就寝中のモニタリングを行うだけです。検査の結果、AHIや低酸素状態の程度から総合的に診断が下されます。場合によっては耳鼻科的な気道の診察(鼻詰まりや扁桃の大きさの評価)や顎の形態のチェック、さらには画像検査(鼻咽喉のCTやMRI)などが補助的に行われることもあります。しかしSASの確定診断にはやはり睡眠中の客観データが不可欠ですので、いびきや日中眠気で疑われる場合は遠慮なく専門医に相談し、睡眠検査を受けると良いでしょう。

Q2.治療方法はCPAPしかないのですか?

いいえ、CPAP以外にも様々な治療オプションがあります。SASの治療は患者さんの重症度や原因に応じて選択され、以下のような方法が組み合わされます。

生活習慣の改善(減量・体位工夫など)

肥満がある場合、減量は全てのSAS患者で推奨される基本療法です。体重を減らすことで気道周囲の脂肪が減少し、無呼吸発生が大幅に減るケースもあります。ガイドラインでも「減量努力は他の治療開始を遅らせる理由にはならない」とされ、まずCPAP等で症状を抑えつつ並行して減量に取り組むことが重要です。また、仰向けで寝ると無呼吸が悪化する人には横向き寝の指導(抱き枕の利用など)や、睡眠前の飲酒・鎮静薬を避ける等の生活習慣改善も有効です。軽症の方や予防目的では、こうした生活指導のみで経過を見る場合もあります。

口腔内装置(マウスピース)治療

歯科で作成するマウスピースを就寝時に装着し、下顎を前方に固定することで喉の気道を拡げ、無呼吸を軽減する方法です。中等症までのSASで有効とされ、特に「CPAPは効果的だけど装着に耐えられない」という方には有力な代替手段です。装置は比較的小型で旅行にも持参しやすく、マスクや機械がない分違和感が少ない利点があります。ある報告では「中等症OSAであれば、いびきや日中の眠気改善効果はCPAPと同等」とのデータもあります。ガイドラインでも「CPAPを耐えられない場合の適切な代替療法」として位置づけられていますspitalmures.ro。注意点として、歯の本数が少ない方や顎関節症のある方には不向きな場合があり、また長期使用で歯列の移動や顎の疲労感が出ることがあります。しかし保険適用で1~2万円程度とCPAPより初期費用が安く、管理も容易なため、一定の患者さんには有効な選択肢です。

外科手術

解剖学的な気道狭窄の原因が明らかな場合、手術による構造的改善が検討されます。例えば扁桃肥大や慢性的な鼻中隔湾曲による鼻詰まり、また小顎(下顎後退)による舌根部の狭窄などがあれば、それを治すことでOSA自体が根治または大幅に改善する可能性があります。代表的な手術には、口蓋扁桃摘出や軟口蓋を切除・縫縮するUPPP手術、上下顎を前方に移動させる顎骨骨切り術、舌の一部を縮小する手術、鼻中隔矯正術などがあります。成功すればCPAP等の装置なしで眠れるようになるのがメリットです。しかし手術には麻酔や出血などリスクも伴い、入院や術後の痛み・回復期間も必要です。また手術しても必ずしも完全に治る保証はなく、時間経過で再発する例もあります。そのため、外科治療は「他の治療が困難な場合」や「構造的問題がはっきりある場合」に専門医と相談の上で検討されます。

その他の治療

最近では舌下神経刺激装置(埋め込み式のペースメーカーで睡眠中に舌の筋肉を電気刺激して喉を開く治療)が欧米で実用化されています。また、ごく軽症のいびきレベルであれば、鼻腔拡張テープや口呼吸防止テープなど簡易グッズが有効な場合もあります。ただ、中等症以上のOSAでは基本的にCPAPかマウスピース、もしくは減量や手術のいずれか(組み合わせ)が必要となるのが現状です。

以上のように、CPAPはあくまで多数ある選択肢の一つです。英国の診療ガイドライン(SIGNガイドライン)でも「減量は全患者に促す」「口腔内装置はCPAP不耐容なら有効」と推奨されており、患者さんの希望やライフスタイルに応じて治療法を選ぶことができます。ただしCPAP療法は現時点で最も即効性が高く確実な方法でもあります。特に日中の眠気や居眠り運転リスクが高い方では、まずCPAPで症状を安定させることが優先されます。その上で、体質改善や他の療法を並行し、将来的にCPAPが不要になること(根治)を目指していく形になります。

Q3.CPAPはやめられないのですか?

現状では、CPAPは根治療法ではないため、基本的には症状が続く限り使い続ける必要があります。CPAPは寝ている間だけ気道を物理的に開く対症療法なので、使用を中止すれば再び無呼吸が起こってしまいます。したがって、「OSAが完治した」と言える状態にならない限り、CPAPをやめるのは難しいのが実情です。
しかしながら、CPAPをやめられるケースも存在します。それは、OSAの原因が大きく改善された場合です。具体的には、

大幅な減量に成功した場合

肥満が主な原因だった患者さんが食事療法や運動、場合によってはGLP-1薬や減量手術も活用して理想体重に近づいた場合、AHIが正常範囲まで下がりCPAPが不要になることがあります。実際、ガイドラインにも「減量によりCPAPや口腔内装置の継続が不要となる可能性がある」と明記されています。CPAP治療中でも減量を並行して行い、AHIの改善を確認しつつCPAP圧を徐々に下げ、最終的に外すというプロセスを取ることがあります。

有効な外科手術を受けた場合

上述のような扁桃摘出や顎骨手術などで、OSAの解剖学的原因が取り除かれた場合、術後にAHIが劇的に改善しCPAPを卒業できるケースがあります。特に小児のOSAでは扁桃・アデノイド手術で治ることが多く、成人でも成功例があります。ただ成人の場合は肥満など他因子も絡むため、術後も経過観察が必要です。

自然経過や体調変化

例えば一時的な体重増加や妊娠中にOSAが出現したケースで、その要因が解消されればOSAも軽快しCPAP不要となる場合があります。また加齢とともに筋力低下でOSA悪化…とも言われますが、個人差もあり、一概には言えません。

大切なのは、CPAPを自己判断で勝手に中止しないことです。主治医と相談の上、睡眠検査を再度行って無呼吸が十分改善したと確認できた場合に初めて「CPAP卒業」が認められます。CPAPをやめても日中の眠気がなく快適に過ごせるか、同寝の方からいびきがないと言われるか、といった主観的な指標も参考になりますが、やはり最終判断は客観データに基づいて行われます。CPAPは根気のいる治療ですが、「減量すればいつか外せるかもしれない」と希望を持ちながら取り組むことも大切です。その際は医師や専門スタッフと相談し、無理のない計画で進めましょう。

Q4.SASに対してGLP-1を使用する場合は保険が適用されますか?

現状、日本では睡眠時無呼吸症候群そのものに対してGLP-1受容体作動薬の保険適用はありません。GLP-1製剤(例えばセマグルチドやリラグルチド、チルゼパチドなど)は、本邦では2型糖尿病の治療薬としてのみ公的医療保険が使える状態です。したがって、SAS単独の目的でGLP-1を使う場合は自由診療(自費治療)となります。実際、SAS専門クリニックの中には自由診療で経口GLP-1薬(リベルサス®など)による肥満治療を提供しているところもありますが、費用は全額自己負担で月数万円程度かかります。

また日本では、CPAP治療との併用でGLP-1薬を保険適用することも認められていません。CPAP療法はAHI20以上の中等症SASで保険適用となりますが、その患者さんがたとえ肥満であっても「SAS治療目的」でGLP-1薬を使う場合は先述の通り保険適用外です(※ただし2型糖尿病を合併していれば糖尿病治療として処方可能ですが、その場合もSAS目的での併用は慎重に判断されます)。これは制度上の制約であり、欧米のように「OSAへの適応」として承認されない限り変わりません。

つまり、2型糖尿病を合併していない限りGLP-1薬はSAS治療として保険が利かないのが現状であり、現実的には自費で行う補助療法という位置づけになります。また「CPAPとの併用不可」というのは、保険診療上同時に請求できないという意味合いもあります。医師の裁量でCPAP使用中の患者さんに自費のGLP-1治療を提案すること自体は可能ですが、その際も「まずはCPAPが第一選択である」ことを踏まえ、CPAPにどうしても適応できない、あるいは減量して将来的にCPAP卒業を目指したい、といったケースで検討されるのが一般的です。

費用負担や適応の問題から、日本でGLP-1をSAS治療に使うハードルはまだ高いですが、海外での承認やエビデンスの蓄積を受け、将来的に状況が変わる可能性もあります。現に米国ではZepbound(tirzepatide)がOSA適応で承認されたことで保険償還の道が開けました。日本でも肥満症治療薬としてのGLP-1高用量製剤の開発・承認が進めば(2023年現在未承認)、SAS領域での応用も議論されるでしょう。それまでは、「糖尿病がないSAS患者にGLP-1薬を使う場合は自費治療になる」という点をご理解いただき、もし希望される場合は当クリニックでご相談ください。

参考文献

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記事監修者田場 隆介

医療法人社団 青山会 まんかいメディカルクリニック 理事長

医療法人社団青山会代表。兵庫県三田市生まれ、三田小学校、三田学園中学校・同高等学校卒業。 1997(平成9)年岩手医科大学医学部卒業、町医者。聖路加国際病院、淀川キリスト教病院、日本赤十字社医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院を経て、2009(平成21)年医療法人社団青山会を継承。 2025年問題の主な舞台である地方の小都市で、少子高齢化時代の主役である子どもと高齢者のケアに取り組んでいる。

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