【睡眠時無呼吸症候群】いびきは“炎症”のサインだった ― 睡眠時無呼吸症候群が全身を蝕む理由
■1. 睡眠時無呼吸症候群(OSA)とは
睡眠時無呼吸症候群(Obstructive Sleep Apnea, OSA)は、睡眠中に繰り返し上気道が部分的または完全に閉塞し、呼吸が浅くなったり止まったりする疾患です。この結果、一晩に数十回以上の低酸素状態と睡眠の断片化が起こり、日中の強い眠気や集中力の低下を引き起こします。OSAは成人の約17%の女性と34%の男性にみられると推計され、中等度以上(AHI≥15)のOSAは女性5.6%、男性13%に及ぶとの報告があります。肥満者の増加に伴い、その有病率は1990年から2010年に約30%増加したと推定されています。このようにOSAは非常に一般的な睡眠障害であり、日本人においても中高年男性を中心に有病率が高いことが知られています。
OSAは単なるいびきや日中の眠気の原因というだけでなく、高血圧、2型糖尿病、心房細動、心不全、冠動脈疾患、脳卒中など様々な心血管・代謝疾患のリスク上昇と関連しています。実際、OSA患者ではこれらの疾患の発症率が2~3倍に高まるとのデータもあり、未治療の重症OSAは死亡リスクの増加とも関連することが示されています。OSAで夜間に繰り返される低酸素状態(間欠的低酸素)は交感神経の活性化や酸化ストレスを引き起こし、これらが血管や代謝系に悪影響を及ぼすことが病態の根幹にあります。また睡眠不足や断片化は炎症反応の活性化にもつながり、近年OSAは**「慢性炎症を伴う疾患」としての側面にも注目が集まっています。こうした合併症リスクの高さから、OSAは患者の生活の質を損なうだけでなく、健康寿命や生命予後にも関わる重要な疾患と位置付けられています。
もっとも、OSAの治療が直接これら心血管イベントのリスク低減に結びつくかについては、現在まで明確な科学的証拠は得られていません。例えば日中の眠気がない無症状OSA患者にCPAP(後述)治療を行っても、心血管イベント(心筋梗塞や脳卒中など)の発生率を有意に減少させないとする大規模臨床試験の結果も報告されています。したがって、OSA患者では個々の症状の重さや合併症リスクを考慮しながら、減量や生活習慣の是正、適切な陽圧呼吸療法などを行うことが推奨されています。特に日中に強い眠気がある場合や重症OSAでは積極的な治療介入が望ましく、一方で症状の乏しいOSAについては慎重な経過観察や生活指導に留めるケースもあります。
■2. 炎症とは(CRPを中心に)
炎症とは、感染症や組織損傷などに対する生体の防御反応で、免疫細胞の活性化やサイトカイン(細胞間伝達物質)の放出、肝臓での急性期蛋白の産生促進など全身的な変化を伴います。慢性の軽度な炎症(慢性炎症)は明らかな症状を伴わないものの、動脈硬化の進行やメタボリックシンドローム(高血糖や脂質異常など)に関与し、将来的な心血管イベントの危険因子となることが知られています。こうした慢性炎症の程度を評価する代表的な血液検査項目がC反応性タンパク質(C-reactive protein, CRP)です。
CRPは肝臓で産生される急性期反応蛋白の一種で、名前の由来となった肺炎球菌C多糖体に反応することから発見されました。外傷や感染など激しい炎症時には血中CRP値が100mg/L以上に達することもありますが、最近では高感度CRP(hsCRP)法により1mg/L前後の微妙な上昇も検出可能です。健常時のCRPは1mg/L未満が通常であり、3mg/L以上のCRP上昇が持続している場合は“慢性炎症あり”と判断されます。このhsCRP値は将来の心筋梗塞や脳卒中のリスク予測に役立つことが大規模研究で示されており、複数の危険因子を考慮に入れてもCRP高値の人は心血管イベント発生率が有意に高いことが報告されています。すなわちCRPは「全身炎症のプロトタイプ的なマーカー」であり、臨床的にも単一測定で炎症負荷を評価できる優れた指標と考えられています。
CRPは他の炎症マーカー(サイトカイン類など)と異なり日内変動や日差変動が少ないのも利点です。例えばインターロイキン6(IL-6)やコルチゾールなどは日内リズムの影響を受けますが、CRPは比較的安定しています。そのため「もし炎症を一項目だけ測るならCRPが最適」とも言われます。以上のような背景から、OSAと炎症との関連性を調べる上でCRPに注目**した研究が数多く行われてきました。
しかし、OSA患者のCRP値に関するこれまでの研究結果は一様ではありません。OSA患者は非OSAに比べCRPが高いとする報告がある一方で、肥満などの影響を統計的に調整すると関連は弱まるとの指摘もあります。実際、OSAとCRPに関する複数の臨床研究をまとめたメタ分析では、OSA群のCRPが有意に高いとする結果が得られましたが、その差は肥満度(BMI)や年齢、性別、喫煙、糖尿病などの影響を完全には除けない可能性が残されていました。つまり、OSAそのものが炎症(CRP上昇)を引き起こしているのか、それとも共通の要因(肥満など)が両者を引き起こしているのか明確でない点があったのです。
さらに性別による違いも議論されています。一般に女性は男性より平均CRP値が高めであることが疫学研究で示されており、閉経やホルモン補充療法の有無でもCRP値に差が出ることが知られます。実際、OSAとは関係なく女性の方が平均CRP値が約0.6~1.5 mg/L高いとの報告が複数あります。したがって、男女構成比の違う集団を比較するときは性差によるCRP基準値の違いも考慮が必要です。
このように、「OSA自体が独立してCRPを上昇させるか」については議論がありました。米国心臓協会(AHA)の最近の科学的声明でも、OSA患者のリスク評価においてCRP測定は推奨されないとされており、これは現時点でOSAとCRPの因果関係が不確実で臨床応用には時期尚早と判断されたためと考えられます。こうした背景から、次章で述べる欧州の大規模研究(ESADA研究)は「OSAとCRPの独立した関連」を厳密に検証することを目的として実施されました。
■3. OSAと炎症の関連性(ESADA研究の結果)
OSAと全身性炎症との関連を調べるため、欧州睡眠時無呼吸データベース(European Sleep Apnoea Database, ESADA)という多施設共同の大規模コホートが構築されました。ESADAにはヨーロッパ各国の睡眠医療施設でOSAが疑われた18~80歳の患者が登録されており、臨床背景や検査データが統一フォーマットで収集されています。2026年に公表されたGroteらの横断解析研究(ESADA研究)は、このデータベースから18,445人もの対象者を抽出し、OSAの重症度指標と血中CRP濃度との関連を統計学的に解析しました。
対象患者のプロフィールは、年齢中央値53歳、男性71%と中高年男性中心で、無呼吸低呼吸指数(AHI)の中央値は22.1回/時と中等度OSA相当でした。各患者について睡眠検査(ポリグラフまたはポリソムノグラフィ)によりAHIが算出され、AHI<5を非OSA、5~<15を軽症、15~<30を中等症、≧30を重症OSAと分類しました。また血液検査でCRP値を測定し(高感度法・通常法は各施設の方法によるが後述の解析で調整)、明らかな炎症性疾患の患者(CRP>20mg/Lやステロイド内服中、悪性腫瘍合併例)は除外しました。
解析にはIPTW(Inverse Probability of Treatment Weighting)という手法が用いられました。これは統計モデル上で患者背景の違い(年齢、性別、肥満度、喫煙、高血圧や糖尿病など多数の交絡因子)を加重補正し、OSA重症度とCRPの「疑似ランダム化比較」を行う高度な解析です。簡単に言えば、OSA重症度ごとに患者背景を可能な限り均質化させてCRP値を比較することで、「OSAの違い以外の要因」の影響を排除しようという試みです。さらに線形混合効果モデル(LMEM)により各施設間のCRP測定法の違いや年度の違いもランダム効果として調整しています。こうした厳密な方法で、「OSA重症度が高いほどCRPが高いか」を検証しました。
結果、OSAの重症度とCRP値には用量反応的な正の関連が認められました。具体的にはOSA非該当(AHI<5)の群でCRP中央値2.0 mg/Lだったものが、軽症OSA(AHI 5~<15)で2.5 mg/L、中等症OSA(15~<30)で2.9 mg/L、重症OSA(≧30)では3.7 mg/Lと段階的に上昇し、群間差は統計的にも有意でした(p<0.001)。またこれらの値は年齢・性別・肥満度などを補正後も同様の傾向が保たれ、AHI(OSA重症度)はCRP上昇の独立した予測因子であることが示されました(最終モデルでもp<0.001)。以上より、「OSAそのものが慢性炎症(CRP)を悪化させる」という仮説が、大規模データによって裏付けられた形です。
他の因子では、高齢になるほどCRPはやや高く、女性の方が男性よりCRPが高い傾向が独立して認められました。中でも肥満(BMI≧35)の影響が顕著で、BMIが35以上あるとCRP値が平均+2.7 mg/Lも高くなるという強い効果が示されました。これは例えば「BMI35の重度肥満者では、OSAの有無にかかわらず炎症状態である」とも言え、肥満の炎症への寄与度が非常に大きいことを意味します。さらに興味深い所見として、OSA重症度と肥満が組み合わさるとCRP上昇が一層顕著になることが示唆されました。すなわち「OSAと肥満が重複すると炎症への相乗効果がある」可能性があり、これは臨床的にも両方に対処する重要性を裏付けます。
以上のESADA研究の結論として、著者らは「OSAの重症度と全身性炎症(CRP)には一貫して頑健な用量反応関係があり、この関連は年齢や性別、肥満など通常考慮される交絡因子とは独立して認められた」と述べています。特に“OSAと肥満の併存は炎症を増幅する”という指摘は重要で、今後「CRPがOSA患者の将来の心血管イベント予測マーカーとなり得るか」について検証が必要であると提言しています。この知見は、OSA管理において炎症を新たな着目点とする流れを後押しするものであり、次章で述べる性差・肥満の観点や治療戦略にも示唆を与えるものです。
(※ESADA研究参考: Grote Lら 欧州18か国、対象18,000人超という史上最大規模のOSA横断研究。高度肥満がCRP上昇に+2.7 mg/Lと最大の影響因子で、AHI重症度ごとにCRPが用量反応的に上昇。OSA重症度とCRPの独立関連を因果推論モデルで初めて実証。重症OSAかつ肥満で炎症増幅。この組み合わせは心血管リスクの「複合危険因子」と捉えられる。)
■4. 性差・肥満などの影響
前章で触れたように、OSAと炎症の関係を議論する上では患者の性別や肥満度といった要因が重要です。ESADA研究でも年齢や性別、肥満はCRPに独立の影響を及ぼしましたが、その詳細をさらに考察します。
性差については、ESADA研究において女性は男性より平均CRP値が0.77 mg/L高かったことが報告されました。これは先行研究で報告されている性別によるCRP差(1.1~1.5 mg/L程度の女性高値)と概ね整合する数字であり、OSAに限らず女性は基礎的に男性よりCRPが高めである傾向が裏付けられます。女性ホルモン(エストロゲン)の影響や脂肪組織の分布差(女性は皮下脂肪が多いなど)がその一因と考えられています。興味深いことに、閉経前後によるCRPの変化も報告されており、閉経後の女性でCRPが上昇する傾向が知られます。ESADA研究では参加女性の閉経状況までは把握されていませんが、「エストロゲン補充療法中の女性やCRP>10の高度炎症例を除外すれば男女差は縮小する」との報告もあり、女性ホルモン環境が炎症マーカーに影響する可能性が示唆されます。
一方、OSAによる炎症促進効果の性差という視点では、男性OSA患者の方が女性OSA患者より相対的に炎症反応が大きい可能性が指摘されています。Gainesらの研究では「OSAによるプロ炎症反応(炎症惹起反応)は男性で顕著」と報告されており、ESADAデータでも重症OSAによるCRP上昇は男性で+0.71 mg/L、女性で+0.49 mg/Lと男性の方が上昇幅が大きくなっていました。これは「男性のOSA患者の方が女性よりAHIが高く低酸素負荷も強い傾向にある」ことや、「OSA罹患年数が男性の方が長い(発症年齢が若く罹病期間が長い)」ことなどが一因と考えられています。つまり女性は基礎CRPは高めだが、OSAによる上乗せ効果は男性の方が大きい可能性があり、性別によってOSA炎症リスクの現れ方が異なると言えます。この点については、更なる疫学研究や機序の解明が必要ですが、臨床的には男性OSA患者の方が炎症mediatedな合併症(例えば動脈硬化進展など)を起こしやすい可能性も考慮されます。
次に肥満の影響です。肥満(特に内臓脂肪型肥満)は慢性炎症の主因として広く認識されており、脂肪組織に蓄積したマクロファージからIL-6やTNF-αなど炎症性サイトカインが放出されることでCRP産生も亢進します。ESADA研究でもBMI≧35の高度肥満者ではCRPが平均+2.7 mg/L高いという圧倒的な効果量が示されました。言い換えれば、高度肥満者では軽度OSA程度の低酸素ストレスは誤差範囲になるほど、肥満そのものが強い炎症源となっているわけです。実際、肥満はOSAと同様に心血管疾患や代謝疾患の大きなリスク因子であり、その背景には慢性炎症があると考えられます。OSAと肥満はいわば「炎症を介した生活習慣病リスク」をそれぞれ高め、両者が重なることでリスクが累積・増幅する構図です。
ではOSAと肥満の影響はどのように異なるのか? この点に関して、近年の興味深い研究があります。2024年に報告されたPriesらの研究では、OSA単独の患者群と肥満単独の患者群、そしてOSA+肥満両方を有する群で免疫細胞(単球)サブセットの変化を比較しました。その結果、いずれの群でも単球の亜集団比率に変化(古典的単球の割合低下と中間型単球の増加)が見られたものの、細胞表面分子の発現や分泌するサイトカインのパターンにはOSA特有の変化と肥満特有の変化が認められました。例えば、OSA由来の間欠的低酸素は接着分子CD11bの発現変化を引き起こし、肥満由来の高レプチン血症や高TNF-α状態は別の炎症経路を活性化する、といった「炎症マイクロ環境の違い」が示唆されたのです。このようにOSAと肥満はともに全身の免疫・炎症バランスを乱しますが、そのメカニズムや細胞への影響には違いがあることが明らかになりつつあります。
以上を踏まえると、OSA患者を評価・治療する際には性別や肥満度といった因子を考慮することが極めて重要です。男性か女性か、肥満の程度はどうかによって、炎症の程度やリスクプロフィールが異なる可能性があるからです。例えば高齢で高度肥満の女性OSA患者では基礎CRPが高く合併症リスクも高いため、一層きめ細かな管理(減量指導や炎症マーカーのモニタリング)が有用かもしれません。一方比較的若年で瘦せ型の男性OSA患者ではOSAそのものの低酸素ストレスが主な炎症源と考えられ、CPAP治療などで低酸素負荷を除去することがリスク低減に直結するかもしれません。実際、ESADA研究でも「若年のOSA肥満患者では肥満治療が炎症を減らす上で特に重要」と指摘されており、患者個々のプロフィールに応じたオーダーメイドの対策が推奨されます。総じて、OSAと炎症の問題は性差・肥満と不可分であり、これらを包括的に捉えることが今後の臨床と研究の鍵となるでしょう。
■5. 治療と炎症(CPAP、体重減少等の効果)
OSAの治療戦略はいくつかありますが、炎症への効果という観点から主要なものを解説します。
第一にCPAP療法(経鼻的持続陽圧呼吸)です。CPAPは睡眠中に鼻マスクから気道に空気を送り込み、上気道の閉塞を防ぐ標準治療で、中等症以上のOSA患者や日中症状の強い患者に広く用いられます。CPAP導入によって夜間低酸素状態と睡眠分断が改善するため、理論的には炎症負荷の軽減も期待されます。実際、CPAP治療前後の炎症マーカー変化を見た複数の研究をまとめたメタ解析では、CPAP使用によりCRP、IL-6、TNF-αといった炎症性物質が有意に低下することが報告されました。例えば2025年に報告されたZhuらのメタ解析(無作為化比較試験15研究・609名の統合解析)によれば、CPAP治療後のCRPは平均で約0.88の標準化効果量(SMD)だけ有意に低下しており、これは統計的に確かな効果と言えます。またIL-6やTNF-αについても同様に有意な低下が確認されました。もっとも、研究間のばらつき(異質性)が大きく、CPAPの炎症マーカー改善効果は症例や試験デザインによって差があることも示唆されました。実際、3か月程度の短期間CPAPではあまりCRPが改善しないケースや、もともと炎症が軽度なOSA患者では変化が乏しい場合もあります。興味深いのは、CPAP治療を少なくとも3か月以上継続した群ではCRP低下が確実だったとの解析もあり、一定の期間CPAPを真面目に使うことで抗炎症効果が表れてくると考えられます。
第二に体重減少(減量)です。肥満がOSAと炎症双方のドライバーであることは前述の通りであり、減量はOSA治療の最も根本的かつ有効な介入です。体重を減らすことで咽頭周囲の脂肪沈着や舌の肥大が改善し気道が広くなるため、AHIが下がりOSA自体が軽快します。同時に脂肪組織から放出される炎症性因子も減少するため、減量はCRPをはじめ全身炎症マーカーを低下させます。実際、OSA患者に対する生活習慣改善(食事・運動)プログラムとCPAPを比較したランダム化試験では、減量群で著明なCRP低下がみられました。さらに減量とCPAPの併用が血圧などの面で最も有効だったものの、CRPに関しては減量単独でも十分な低下が得られ、併用してもそれ以上の有意な差はなかったと報告されています。つまりCRP改善という点では減量効果が絶大で、CPAPと併せて行えば心血管リスク管理に万全ということです。
近年では薬剤による体重減少療法もOSA改善に有望視されています。2024年にMalhotraらが発表した国際共同第III相試験では、週1回注射の肥満治療薬「チルゼパチド」(GIP/GLP-1受容体作動薬)をOSA合併肥満患者に1年間投与しました。その結果、チルゼパチド投与群は平均で体重が20%近く減少し、AHI(無呼吸低呼吸指数)が約-20~-30/時も改善(プラセボ群との差)しました。注目すべきはhsCRP(高感度CRP)も有意に低下した点で、52週後にはチルゼパチド群で有意なCRP低下が認められました。著者らは「チルゼパチド投与によりOSAの重症度、体重、低酸素負荷、CRP、血圧がすべて改善した」と結論付けています。この試験結果は、薬による減量でOSAと炎症を同時に改善できる可能性を示したもので、従来のCPAP中心の治療に加えて内科的治療(抗肥満薬)という新たな選択肢を提起するものです。
第三に外科的治療です。OSAの外科的治療には、軟口蓋や扁桃など上気道の余分な組織を切除・縮小する咽喉頭手術や、顎骨の位置を前方に移動させる顎矯正手術、舌下神経刺激装置の埋め込み(舌筋を睡眠中に収縮させ舌根沈下を防ぐ)などがあります。これら外科的アプローチは適応症例が限られますが、いびきやAHIの改善に加え、炎症マーカーを改善させる効果も報告されています。2022年に発表されたYeoらの系統的レビューとメタ解析では、軟口蓋や舌の手術(いわゆるUPPPなど軟部組織手術)を受けたOSA患者1187人のデータを解析しました。その結果、手術後にCRPが平均-0.377(SMD)と大きく低下し、併せてIL-6やTNF-α、脂質プロフィール(LDLコレステロールや中性脂肪)も有意に改善していました。特にCRPの低下幅は大きく(SMD -0.377は実数換算でおおよそ-0.5~-1.0 mg/L程度)、これはCPAP単独の効果よりも顕著かもしれません。なお、術後にAHIが大きく減少した症例ほどCRPやLDL低下が大きい相関も認められ、無呼吸の改善度合いと炎症・代謝指標の改善がリンクしていました。これらは外科治療がOSAそのものを治癒または軽減させることで炎症負荷と心代謝リスクを低減しうることを示しています。 以上のように、OSA治療によって炎症マーカーが改善することは数多くのエビデンスが支持しています。特に減量(生活習慣改善や抗肥満薬、場合によっては減量手術)の重要性は強調され、体重を減らすことでOSAの原因そのものと慢性炎症の両方にアプローチできます。またCPAPは日常生活に即した現実的な治療で、多くの患者で炎症指標の改善が見込めることがわかりました。CPAPと減量の併用は相補的で、AHIや血圧、インスリン抵抗性など多面的に患者を改善させます(減量のみ・CPAPのみ・併用の直接比較試験では、併用が血圧改善に最も有効でした)。そして外科的治療も選択された場合には炎症・代謝プロフィール改善という付随効果が期待できます。重要なのは、こうした治療によって炎症が改善するということは、おそらく将来的な合併症リスクも低減できる可能性がある点です。次章ではその臨床的意義と今後の展望について述べます。
■6. 臨床的意義と今後の展望
OSAと炎症(CRP)との関連が明らかになってきたことで、それが実臨床に与える意味や将来の課題が見えてきます。
まず臨床的意義として重要なのは、OSA患者における心血管リスク評価や治療戦略の最適化です。OSAは心疾患・脳卒中の独立危険因子と考えられますが、前述のようにOSA治療が直接それらイベントを減らす証拠はまだ不十分です。その理由の一つとして、OSA患者とひとくちに言ってもリスクプロファイルは多様であることが考えられます。例えば肥満で炎症マーカーが高く血圧や糖代謝も悪いOSA患者と、痩せ型で血管代謝リスクが低いOSA患者では、同じAHI重症度でも将来の心血管イベント確率は異なるでしょう。そこでCRPのような炎症マーカーを加味することで、ハイリスクなOSA患者を層別化できる可能性があります。実際、ESADA研究は「OSA重症+高度肥満でCRP高値」という組み合わせが最も炎症負荷が高いことを示しました。このような患者群は、より積極的な介入(減量やCPAPの強化、心臓の精査など)が必要かもしれません。一方で、OSAは重症だがCRPを含め代謝・炎症マーカーが正常範囲という患者では、心血管合併症リスクは相対的に低く、治療の優先度やフォロー内容も異なるでしょう。
この文脈で興味深いのが、炎症がOSA発症に及ぼす影響についての新しい知見です。従来、OSAによって炎症が起こると考えられてきましたが、「炎症の高さがOSAを引き起こす可能性」も議論されています。2024年にHuangら(Soferら)が報告した米国の前向き疫学研究では、ベースラインのCRPが高い人ほど10年後にOSA(特に日中の強い眠気を伴うOSA)を発症しやすいことが示されました。さらにCRP値を決定する複数遺伝子のリスクスコア(CRPの遺伝的素因)を用いて解析したところ、そのスコアが高い人ではOSA(特に眠気を伴うタイプ)の発症率が有意に高かったといいます。これは、「炎症体質」がOSAになりやすい素地となる可能性を示唆しています。なぜ炎症がOSAを招くのか明確ではありませんが、咽頭筋の機能低下や体液貯留、交感神経緊張の慢性化など炎症が睡眠呼吸に悪影響を与える機序も考えられます。いずれにせよ、OSAと炎症は双方向の関係にあるかもしれず、「炎症→OSA→さらなる炎症→…」という悪循環に陥る恐れもあるのです。
これらを踏まえると、今後の展望としていくつかの方向性が考えられます。
1つは、CRPを含むバイオマーカー測定をOSA診療に取り入れることです。例えば初診時にhsCRPを測定し、著しく高い場合には心血管合併症の予防策をより強化する、あるいは炎症の原因となる肥満や他疾患(例:リウマチ、歯周病など)の検索を行う、といったアプローチが考えられます。現時点ではAHA声明の通りOSA患者全員にCRP測定を推奨する根拠はありませんが、将来的にさらなるエビデンスが蓄積すれば、CRPがリスク層別化や治療効果モニタリングに役立つ指標となる可能性があります。
2つ目は、包括的治療戦略の重要性です。OSA単独に注目するのではなく、肥満や生活習慣病、炎症を総合的に管理することで初めて患者の予後改善が期待できると考えられます。実際、OSA患者でCPAPのみ行っても肥満が放置されていれば心血管リスクは残存する恐れがありますし、逆に減量のみでは睡眠の質が十分改善しない場合もあります。減量支援(食事療法・運動・薬物)+CPAPという相補的アプローチが理想的であり、必要に応じて高血圧や脂質異常の薬物治療、喫煙者なら禁煙指導など全身管理が重要です。炎症という観点では、抗炎症作用のある治療がOSA患者に有益かも検討の余地があります。例えばスタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)は脂質低下作用に加え抗炎症作用があり、OSA患者の血管内皮機能を改善したとの報告もあります。また、近年研究が進むナールピスリーンフラマソーム(NLRP3)阻害薬など、炎症経路に作用する新薬がOSA由来の炎症合併症に効果を示す可能性もあります。もっとも、これらはまだ基礎研究や小規模臨床研究の段階であり、今後の大規模試験が待たれるところです。
最後に研究面での展望として、OSAと炎症の関係をさらに深く理解するための取り組みが続くでしょう。例えば、炎症マーカーがOSA治療介入によってどう変化し、それが実際に心血管イベント抑制につながるかを検証する前向き研究が考えられます。具体的には、「CRP高値OSA患者を対象に、CPAP+積極的減量介入を行った群と標準治療群で将来の心血管イベント発生率を比較する」といった臨床試験が望まれます。また、メカニズム研究としては、なぜ女性でOSAがあっても男性ほど炎症が進まないのか(あるいは逆に女性で基礎CRPが高い影響は何か)、どの炎症経路がOSA特有なのか(例:間欠的低酸素によるNLRP3インフラマソーム活性化など)といった点の解明も課題です。さらには、遺伝学的手法(Mendelian randomization)により「炎症がOSAを引き起こすのか」を因果推論する研究も登場しており、こうした分野横断的アプローチによってOSAと炎症の因果関係が一層明確になることが期待されます。
今後の展望としてまとめると、OSAと炎症の研究は単なる関連の証明に留まらず、患者の予後改善に繋げる新たな診療戦略の開発へと発展していくでしょう。炎症マーカーを活用したリスク評価、肥満や生活習慣への包括対応、さらには抗炎症療法の併用など、OSA診療はますます個別化・多角化していくと考えられます。そして最終的には、OSA患者のQOL(生活の質)向上と生命予後改善という目標に向け、炎症というキーワードが重要な役割を果たすものと思われます。
■FAQ(よくある質問と回答)
Q1. 睡眠時無呼吸症候群(OSA)は本当に体の中で“炎症”を起こしているのですか?
はい、OSAは慢性的な炎症反応を誘発することが分かってきています。OSAでは睡眠中に呼吸が止まるたびに体が酸素不足(低酸素血症)になり、これが間欠的低酸素という特殊なストレスとなって全身に影響を及ぼします。間欠的低酸素により血管の内皮細胞や免疫細胞から炎症性サイトカイン(例えばIL-6やTNF-α)が放出され、肝臓では炎症のマーカーであるCRPが作られます。その結果、OSA患者では血液中のCRPやインターロイキン濃度が高まり、体の中が軽い炎症状態(慢性炎症)になっているのです。実際、複数の研究を総合した解析でも、OSA患者はそうでない人に比べてCRP値が有意に高いという結果が出ています。さらに、大規模欧州研究(ESADA)ではOSAの重症度が高いほどCRPも高いという用量反応関係が確認されました。要するに、OSAによる低酸素と睡眠分断が全身の慢性炎症反応を引き起こしていると考えられます。炎症そのものは痛みや発熱を伴わないため自覚しにくいですが、OSA患者の体内では確かに炎症が進行しており、それが血管や臓器の健康に悪影響を与える可能性があります。
Q2. C反応性タンパク質(CRP)とは何ですか?OSAとどう関係しているのですか?
CRP(C-reactive protein)は血液中のタンパク質で、炎症が起こると肝臓から大量に作られる炎症マーカーです。例えば風邪やケガで炎症が起こるとCRP値も上昇し、病院の血液検査でも「CRP高値」が炎症の指標として用いられます。特に、高感度CRP(hsCRP)という測定法では、健康な人でもわずかな炎症でCRPの上昇が検出できます。このhsCRP値は将来の心筋梗塞や脳卒中の発症リスクを予測する有用な指標で、CRPが高い人ほど今後の心血管イベント率が高いことが大規模研究で示されています。OSAとの関係では、OSA患者では繰り返す低酸素ストレスにより慢性的にCRPが上昇する傾向があります。言い換えれば、OSAは体に“火種”を抱えたような状態を作り、CRPが平常時より高止まりするのです。実際、重症OSAの患者ではCRPが平均3.7 mg/Lと、OSAのない人の約2倍に達するというデータがあります。CRPは動脈硬化の進行にも関与するので、OSAに伴うCRP上昇は動脈硬化性疾患(心臓病や脳卒中)のリスク増大につながる可能性があります。ただし、CRP高値が必ずしもOSA特有のものとは限りません。CRPは肥満や喫煙、加齢などでも上がるため、OSA患者でCRPが高い場合、それがOSAのせいなのか他の要因によるのか専門医が慎重に判断します。とはいえ、CRPは「炎症の鏡」としてOSAの全身影響を映し出す重要なマーカーであり、研究や一部の臨床応用で注目されています。
Q3. 肥満だとどうして睡眠時無呼吸症候群で炎症がひどくなるのですか?
肥満そのものが慢性炎症を引き起こす状態だからです。脂肪組織、特にお腹周りの内臓脂肪にはマクロファージなどの免疫細胞が多く含まれており、肥満の人ではそこから炎症性の物質(サイトカイン)が常時放出されています。例えば肥満者では脂肪細胞からIL-6やTNF-αといったサイトカインが分泌され、これらが肝臓を刺激してCRP産生を増やします。したがって肥満の人はOSAの有無に関係なくCRP値が高めです。実際、大規模研究では高度肥満(BMI35以上)の人はCRPがおよそ2~3mg/L高いと報告されています。OSAがある肥満の人では、この肥満由来の炎症とOSA由来の炎症が合わさって炎症レベルが一層上がります。欧州のESADA研究でも、「OSAなし肥満なし」の基準群に比べ、「OSAあり肥満あり」群はCRPが著しく高値でした。これは肥満がOSAの悪影響を増幅することを意味します。なぜ肥満だとOSAの炎症が悪化するかというと、肥満の人はそもそも交感神経が過剰に働き血圧や心拍が高め、さらにインスリン抵抗性などもあって血管壁にストレスがかかりやすいです。その状態でOSAの低酸素ストレスが加わると、血管や臓器のダメージがより大きくなり、結果として炎症反応も強まると考えられます。要するに、肥満は炎症体質であり、OSAと組み合わさると1+1が2以上になる(相乗効果)というイメージです。このため、肥満を伴うOSA患者では特に減量が重要で、体重を減らすことで炎症の元を断ち、OSA自体も改善して炎症を二重に減らすことができます。
Q4. 睡眠時無呼吸症候群の治療で炎症も良くなりますか?
はい、適切なOSA治療によって炎症マーカーが改善することが多くの研究で示されています。代表的な治療であるCPAP(シーパップ)では、空気の圧力で睡眠中の気道閉塞を防ぐことで低酸素状態と睡眠断片化を解消します。それに伴い、過剰だった交感神経活動やホルモン分泌が正常化し、免疫細胞の活性化も収まるため、数ヶ月のCPAP使用でCRPやIL-6が有意に低下したとの報告があります。実際、複数の臨床試験データをまとめた解析でも、CPAP療法でCRPが有意に下がった(炎症が改善した)と結論づけられています。また減量(ダイエットや運動療法)も炎症を下げる強力な方法です。体重が減ると脂肪組織からの炎症性物質放出が減少するため、減量によりCRPが大幅に低下します。OSA自体も体重減少で軽快するので、減量はOSAと炎症の両方を根本から改善する手段です。最近では抗肥満薬(GLP-1受容体作動薬など)の登場により、薬で体重を減らす治療も行われていますが、これによってAHI(無呼吸指数)とCRPが同時に減ったとの画期的な報告もあります。さらに、OSAの外科手術(いびきの原因となる喉の余分な組織を切除する手術など)を行うと、AHIが改善するだけでなくCRPやIL-6が手術前より有意に低下したというメタ解析結果も出ています。要するに、OSAの治療をしっかり行えば、全身の炎症状態も良い方向に向かうと考えてよいでしょう。炎症が改善するということは、長期的に見て心臓や血管への負担も軽くなる可能性があります。ただし、OSA治療といっても睡眠時のマスク治療(CPAP)だけでなく、生活習慣の是正や減量、必要に応じて薬物療法や外科的処置など包括的に行うことが大切です。そうすることで相乗的に効果が発揮され、炎症もより確実に抑えられるでしょう。
Q5. 炎症(CRP)を下げれば睡眠時無呼吸症候群による病気のリスクも減りますか?
理論的にははいです。OSAによる合併症(高血圧や心臓病、脳卒中など)は、間欠的低酸素や睡眠障害が引き起こす血管内皮障害・自律神経攪乱・炎症反応などが重なって生じると考えられます。その中で炎症は動脈硬化を進めたり血栓を誘発したりする重要なプロセスなので、炎症(CRP)の抑制は結果的に合併症リスク低減につながる可能性が高いです。実際、OSA患者でCRPが高い人ほど心血管イベント(心筋梗塞や脳卒中)発生率が高いというデータがあり、CRPは将来のリスクを映す一指標とみなせます。したがって、OSA患者のCRPを下げるような治療(例:減量やCPAPで炎症改善)を行えば、長期的に見て心血管疾患の予防につながる可能性があります。ただ現時点では、「OSA治療で心血管リスクが確実に減る」とまでは証明されていません。特に症状の乏しいOSA患者を治療しても心臓病や脳卒中が減らなかったという大型臨床試験結果もあります。このため、どのような患者では治療が予後改善に寄与するか(誰に積極治療すべきか)を見極める必要があります。そこで鍵となるのがCRPなど炎症マーカーです。炎症マーカーが高いOSA患者はリスクの高い層と考えられるため、この層に集中的に介入すれば効果が出やすいかもしれません。一方、炎症も代謝も正常なOSA患者に無理にCPAPをしてもメリットは少ない可能性があります。このように炎症を手がかりに治療ターゲットを絞り込む考え方は今後の研究課題ですが、将来的には「炎症(CRP)を下げること」が「OSA患者の合併症予防」に直結するエビデンスが得られることが期待されています。現時点でも、減量や適切なOSA治療でCRPが改善した患者さんでは、血圧や血糖のコントロールが良くなったり、心臓への負担が減ったりする傾向が見られています。総合的に考えて、炎症を下げることはOSA患者の健康寿命を延ばす鍵であり、医師と相談しながら自分に合った治療で炎症対策をしていくことが大切でしょう。
参考文献
- Ludger Groteほか; ERJ Open Research. 2026年; 12(1): 00707-2025. DOI: 10.1183/23120541.00707-2025.
- Adam V. Benjafieldほか; Lancet Respiratory Medicine. 2019年; 7(8): 687-698. DOI: 10.1016/S2213-2600(19)30198-5.
- Daniel J. Gottlieb, Naresh M. Punjabi; Journal of the American Medical Association (JAMA). 2020年; 323(14): 1389-1400. DOI: 10.1001/jama.2020.3514.
- Sigrid C. Veasey, Ilene M. Rosen; New England Journal of Medicine. 2019年; 380(15): 1442-1449. DOI: 10.1056/NEJMcp1816152.
- Atul Malhotraほか; New England Journal of Medicine. 2024年; 391(13): 1193-1205. DOI: 10.1056/NEJMoa2404881.
- Brian S. Y. Yeoほか; JAMA Otolaryngology–Head & Neck Surgery. 2022年; 148(9): 862-869. DOI: 10.1001/jamaoto.2022.2285.
- Qianhong Zhuほか; Sleep and Breathing. 2025年; 29(2): 621-630. DOI: 10.1007/s11325-025-03348-6.
- Ralph Priesほか; Scientific Reports. 2024年; 14: 340. DOI: 10.1038/s41598-023-49921-5.
- Tianyi Huangほか; American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine. 2024年; 209(3): 329-331. DOI: 10.1164/rccm.202307-1159LE.
- Julio A. Chirinosほか; New England Journal of Medicine. 2014年; 370(24): 2265-2275. DOI: 10.1056/NEJMoa1308184.
記事監修者田場 隆介
医療法人社団 青山会 まんかいメディカルクリニック 理事長
医療法人社団青山会代表。兵庫県三田市生まれ、三田小学校、三田学園中学校・同高等学校卒業。 1997(平成9)年岩手医科大学医学部卒業、町医者。聖路加国際病院、淀川キリスト教病院、日本赤十字社医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院を経て、2009(平成21)年医療法人社団青山会を継承。 2025年問題の主な舞台である地方の小都市で、少子高齢化時代の主役である子どもと高齢者のケアに取り組んでいる。
