【息切れ】歳だから‥と思っていませんか? 息切れ・咳に潜む『間質性肺炎』と2025年分類
■間質性肺炎とは何か
間質性肺炎(かんしつせいはいえん)とは、肺の組織(とくに肺胞という小さな空気のうの壁部分=間質)に炎症や瘢痕(はんこん:傷あと)が生じて肺全体が硬くなっていく病気の総称です。健康な肺では肺胞の壁はごく薄く柔軟で、酸素を血液に受け渡し二酸化炭素を排出する役割を担っています。しかし間質性肺炎では、この間質に慢性的な炎症が起こり、組織が厚く硬く瘢痕化(線維化)してしまいます。その結果、肺が十分に膨らまなくなり呼吸がしづらくなり、酸素交換がうまくできなくなります。症状としては、初期には息切れ(呼吸困難)や乾いた咳(空咳)がみられますが、初期段階では症状が軽いため見過ごされがちです。病気が進行すると階段を上るなどの軽い運動でも息苦しくなり、休んでいても息切れや咳が出るようになります。また全身への酸素供給が低下するため疲れやすさや倦怠感を感じることもあります。指先のばち指(爪の肥厚)や、聴診器で聞こえる捻髪音(細かいパチパチという音)が現れることも特徴的です。ただし間質性肺炎は種類によって経過や症状の現れ方が異なり、早期発見が難しいこともあります。自覚症状が出る頃にはすでに肺に不可逆的なダメージ(治らない傷跡)が生じていることが多いため、「年のせいかな」「ただの風邪かな」と放置せず、息切れや長引く咳など気になる症状があれば早めに呼吸器専門医を受診しましょう。
■2025年ERS/ATS分類の解説
2025年のERS/ATS分類とは、欧州呼吸器学会(ERS)と米国胸部学会(ATS)が共同で2025年に発表した間質性肺炎の新たな分類体系です。この分類アップデートでは、従来「特発性間質性肺炎(原因不明のもの)」として定義されていたグループに加えて、二次性(続発性)の間質性肺炎、つまり原因が明らかな場合も包括的に取り込んでいる点が大きな特徴です。間質性肺炎には、特発性肺線維症(IPF)や非特異的間質性肺炎(NSIP)、剥離性間質性肺炎(旧称DIP)、過敏性肺炎(HP)、肺胞蛋白症、膠原病に伴う間質性肺炎など多くの疾患が含まれますが、これらを原因や病態に基づいて整理し直したのが2025年の新分類です。
新分類のポイント
① 原因の有無による拡張: 「特発性」だけでなく、膠原病(リウマチや強皮症など)に伴うものや粉じん曝露(アスベストなど)によるもの、放射線や薬剤が原因のものなど二次性の間質性肺疾患も含めた包括的分類になりました。これにより、各パターン(後述)に対応する原因疾患を容易に紐付けて考えられるようになりました。
② 新たな病型・用語の追加: 従来の分類で用いられていたいくつかの用語が見直され、新しいカテゴリーが導入されました。具体的には、「気管支中心性間質性肺炎(BIP)」という新たな病理・放射線学的パターンが正式に認められ、特発性のBIP(原因不明のBIP)も provisional な診断カテゴリーとして提案されています。また「急性間質性肺炎(AIP)」という名称は不正確として、「特発性びまん性肺胞傷害(idiopathic DAD)」に変更されました。同様に「剥離性間質性肺炎(DIP)」は、その病理的実態を反映していない名称であったため「肺胞マクロファージ性肺炎(AMP)」という新しい名称に置き換えられました。これらの変更により、名称から病態をより直感的に理解できるようになっています。
③ 病理パターンによる再分類: 新分類では、肺の画像所見や病理所見上のパターンに着目して整理が行われました。具体的には、「間質に主病変があるタイプ」と「肺胞腔の内容物で肺が埋まるタイプ」に大別し、それぞれをさらに線維化の程度(線維化型 vs 非線維化型)で細分類しています。例えば「間質の病変」にはUIP(通常型間質性肺炎), NSIP(非特異的間質性肺炎), BIP(気管支中心性間質性肺炎), DAD(びまん性肺胞障害), PPFE(胸膜肺実質線維弾性症), LIP(リンパ性間質性肺炎)といった6つの主要パターンが含まれます。一方「肺胞の充填性病変」にはOP(器質化肺炎), RB-ILD(呼吸細気管支関連間質性肺疾患), AMP(肺胞マクロファージ性肺炎)と、比較的稀な好酸球性肺炎(AEPやCEP)、肺胞蛋白症(PAP)、脂肪肺炎などが含まれます。従来の分類(2013年)では「主要な特発性間質性肺炎6 subtype+まれな2 subtype+分類不能」という枠組みでしたが、新分類(2025年)では上記のように病理学的パターンごとに整理し直し、それぞれに「特発性(原因不明)」の場合と「続発性(原因あり)」の場合の両方を想定した対比構造になっています。例えばUIPパターンであれば、原因がなければ特発性肺線維症(IPF)、原因があれば続発性UIP(例: 膠原病に伴うUIPなど)という具合です。このようにパターン別の分類にすることで、臨床現場でまず画像や病理のパターンを評価し、次に原因検索や鑑別診断を行う流れが整理されました。
④ 診断確信度の考慮: 新たなステートメントでは、診断における「確信度(confidence)」の概念も盛り込まれました。すなわち、間質性肺炎の診断はしばしば不確実性を伴うため、臨床医・放射線科医・病理医による多職種カンファレンス(MDD)でどの程度その診断に自信が持てるかを評価し、治療方針に反映させることが推奨されています。例えば「90%以上の確信度がある場合は確定診断」、「51〜89%なら暫定診断」、「それ未満なら診断不能」といった形で分類し、必要に応じて追加検査を検討します。このような診断確信度の明文化により、特に原因不明なケースでの診断名の付け方や治療戦略を検討する際の指針となることが期待されています。
以上が2025年ERS/ATS声明による分類アップデートの概要です。まとめると、「原因があるかないか」「肺のどの部分がどう侵されるパターンか」という軸で整理し直し、新たな名称(BIPやAMPなど)を導入したことで、以前よりも病態生理に即した明快な分類になりました。この分類の変更により、臨床医は患者さん個々の病態をより適切に評価し、原因検索や治療方針の決定を行いやすくなると期待されています。
■PPFE(胸膜肺実質線維弾性症)
PPFE(Pleuroparenchymal Fibroelastosis)は「胸膜肺実質線維弾性症(きょうまく・はいじっしつ せんいだんせいしょう)」と訳される希少なタイプの間質性肺炎です。肺の上部(肺尖部)に優位な線維化と胸膜の肥厚を特徴とし、病理学的には肺の表面(胸膜直下)の組織に弾性繊維を伴う強い線維化が起こります。画像上は両側肺の上の方に厚い瘢痕がこびりついたように見え、しばしば肺が萎縮して扁平になり、肋骨が引き締められるように変形する(扁平胸郭)こともあります。PPFEは2013年の分類では「特発性肺線維症(IPF)」「リンパ性間質性肺炎(LIP)」と並ぶ「稀少型」の特発性間質性肺炎として初めて正式に定義されましたが、当時は認知度が低く症例報告も多くありませんでした。しかし、日本から複数の症例報告やケースシリーズが発表された経緯があり、日本の間質性肺炎領域では比較的早くから注目されてきた背景があります。実際、2012年には英国と日本の合同報告により「胸膜肺実質線維弾性症」という名称とその一連の特徴が提唱され、同年には日本人患者シリーズの論文も発表されています。こうした報告の蓄積が国際的にも評価され、PPFEは現在では世界的に認められた疾患概念となりました。
PPFEの臨床的意義として重要なのは、進行性の線維化を示す難治性疾患であり、しばしば他の間質性肺炎と合併する点です。例えば、PPFEの病変所見がある患者の約半数では、肺の下部にUIPパターン(通常型間質性肺炎)も併存しているとの報告があります。実際、典型的なIPF患者さんのCTを詳しく見ると上肺野にPPFE様の所見(胸膜直下の線維化)がみられるケースも少なくなく、「IPF+PPFE合併症」と診断されることもあります。PPFEが合併していると肺のコンプライアンス(柔軟性)が一層低下し、病気の進行が早かったり、自然気胸(肺の表面が破れて空気漏れする)を繰り返したりする傾向があります。実際、PPFE患者さんでは自然気胸を合併する率が高いことも報告されています。また近年の研究で、線維化性肺疾患の中でもPPFE所見を有する症例は予後が不良である傾向が示唆されており、臨床医が注意すべき病態とされています。残念ながらPPFEそのものに有効な治療法は確立されておらず、他の線維化肺疾患に準じた対応(抗線維化薬の投与や対症療法)が行われますが効果は限定的です。しかし診断がつくことで、患者さんや家族に病態の見通しを説明できたり、肺移植の適応を検討する材料になったりします。PPFEは稀な疾患ではありますが、日本発の知見も多いことから国内でも症例蓄積が進んでおり、今後の研究と治療法の開発が期待されています。
■BIP(気管支中心性間質性肺炎)
BIP(Bronchiolocentric Interstitial Pneumonia)は「気管支中心性間質性肺炎」と呼ばれる新しい疾患カテゴリーです。文字通り細気管支(末梢の気管支)を中心に炎症や線維化が広がるタイプの間質性肺炎を指します。肺の構造でいうと、気管支の周囲の肺胞に病変が集中的に起こるパターンで、病理組織では細気管支周囲の慢性炎症や肉芽腫、線維化の所見が特徴的です。このBIPという概念は今回の2025年分類で初めて公式に導入されました。それまでも「気道中心性肺炎」「気道周囲線維化」など様々な呼称で知られていましたが、特発性間質性肺炎のカテゴリーとしては十分なエビデンスがなく正式には認められていませんでした。しかし分類が拡張され原因ありの症例も含めるにあたり、過敏性肺炎(HP)など気道中心性に病変が及ぶ疾患を統合的に扱うため「BIP」が設けられた経緯があります。
BIPパターンを示す患者さんに出会った場合、臨床医がまず疑うのは「慢性過敏性肺炎」です。過敏性肺炎(hypersensitivity pneumonitis, HP)とは、カビや鳥の羽毛・糞などの特定の抗原を長期間吸い込み続けることで肺にアレルギー反応が起こり、結果として間質性肺炎を生じる病気です。慢性の過敏性肺炎では、病理所見として肉芽腫(免疫細胞の塊)が細気管支周囲に形成され、モザイク状のびまん性の肺炎像を呈することが多く、まさにBIPの典型像といえます。したがってBIPの病理パターンを認めたらまずは原因検索(鳥やカビなどの抗原暴露がなかったか)を徹底的に行い、該当すれば慢性過敏性肺炎として治療・管理するのが通常です。しかし注意が必要なのは、すべてのBIPが過敏性肺炎とは限らない点です。新分類の委員会報告でも「気管支中心性の病変を示す患者のかなりの割合が、結果的にHP以外の診断となりうる」ことが指摘されています。実際、BIPパターンは様々な疾患で生じうる非特異的な形態像でもあります。例えばリウマチや強皮症など膠原病に伴う間質性肺炎で気道周囲が中心に傷害されるケースや、誤嚥の反復(胃酸や食べ物の気道流入)による慢性的な肺障害、さらには一部の薬剤による肺炎など、多彩な原因が報告されています。こうした場合、表面的には過敏性肺炎に似た画像や組織像になりますが、原因検索をしても抗原暴露が見当たらず、他の臨床情報から別の診断(例えば膠原病関連肺炎など)に至ることがあります。
以上を踏まえ、BIPというのは「気道周囲に炎症・線維化を呈する形(パターン)の名前」であって、単一の疾患名ではないことがポイントです。過敏性肺炎はその代表的な原因疾患ですが、BIPパターンを示す全例が過敏性肺炎というわけではなく、原因不明で同様のパターンを呈するものは「特発性BIP」と暫定的に呼ばれます。なお、新分類では「HP」という用語は疾患名(診断名)としてのみ使い、パターンとしては使わないことが提案されています。つまり、これまで「典型的な過敏性肺炎パターン」と呼んでいた画像・病理所見は、今後「BIPパターン」と表現し、「HP(過敏性肺炎)」という診断は原因抗原が特定できた場合に限って用いるという整理です。この提案については専門家の間でも議論がありましたが、少なくとも概念上「パターン(所見)」と「疾患(診断名)」を切り分けることで、診療上の混乱を減らそうという意図があります。いずれにせよ、BIPパターンが認められた際は鑑別診断が広範囲に及ぶため、専門医による詳細な問診(ペットや職業環境、カビ暴露歴などの確認)や必要に応じた血液検査・外科的肺生検で、原因疾患を突き止めることが重要です。「まず疑うべきは過敏性肺炎だけれど、それだけではない」―それがBIPという新しいカテゴリーのポイントと言えるでしょう。
■間質性肺炎の症状
間質性肺炎に共通する自覚症状としては、先述のように息切れ(呼吸困難)と乾性咳嗽(からぜき:痰のからまない咳)が代表的です。初期には階段を上ったり坂道を歩いたりしたときに息切れが起こる程度ですが、進行すると日常のちょっとした動作でも息苦しさを感じるようになります。咳も、最初は「少し喉がイガイガするかな?」という程度でも、だんだんと治まらない乾いた咳が続くようになります。また酸素不足の影響で疲れやすくなったり、胸の違和感・圧迫感を訴える方もいます。病型によっては微熱や体重減少を伴うこともあります(例えば過敏性肺炎では発熱や体重減少がみられることがあります)。一方で、症状の出方には個人差が大きく, ゆっくり進行するタイプでは「長年の喫煙のせいかな」とか「加齢で体力が落ちたのかな」と思われてしまい、かなり進行するまで自覚症状に気づかない場合もあります。実際、胸部CT検査が普及した近年では、他の目的で撮ったCTで間質性肺炎が偶然見つかるケースも増えています。このように自覚症状だけで病気の程度を判断するのは難しいため、危険因子(喫煙歴や粉じん曝露歴、膠原病の既往など)がある方や呼吸音に異常を指摘された方は、症状が軽微でも専門医による検査を受けることが望ましいでしょう。
症状が進行した間質性肺炎では、安静にしていても息切れするようになります。特に階段の昇降や入浴時の動作などで息苦しさが強く、日常生活に支障をきたすようになります。また慢性的な低酸素状態からチアノーゼ(唇や爪が紫色になる)、ばち指(指先の爪が丸く膨らむ変形)などが現れることもあります。これらは患者さん自身よりも、ご家族など周囲の方が気づくことが多い症状です。加えて、間質性肺炎ではない他の肺疾患(例えばCOPDや気管支喘息など)と比べても、咳が非常に乾いた音で、高調な断続性ラ音(通称ビベルカー音、まるでマジックテープを剥がすような音)が特徴的です。医師は聴診器でこの音を確認することで間質性肺炎を疑います。いずれにせよ、症状が出揃う頃には肺の線維化はかなり進んでいることが多く、息切れや咳が急にひどくなったといった場合には速やかに医療機関を受診することが肝要です。
自然経過(進行パターンと予後)
間質性肺炎の自然経過は、その種類によって大きく異なります。比較的炎症が主体で可逆性のあるタイプ(例:器質化肺炎や急性好酸球性肺炎など)は、適切な治療で改善し後遺症を残さないこともあります。一方で、特発性肺線維症(IPF)を代表とする線維化が主体のタイプは、ゆっくりではあっても着実に肺機能が低下していく進行性の経過をたどります。IPFの場合、診断後の平均余命は3〜5年程度と報告されており、この病気がいかに進行性であるかを示しています。ただし予後には個人差も大きく、中には5年以上安定している方や、ごく一部ですが10年以上生存する方もいます。「進行が速い患者さま」と「ゆっくり進行する患者さま」が混在することから、IPFを含む線維化性の間質性肺炎について近年「進行性線維化肺疾患(Progressive Pulmonary Fibrosis, PPF)」という概念も提唱されています。PPFとは、原因に関わらず線維化が進行する肺疾患を指し、一定期間で肺活量の低下や症状悪化が認められる場合に該当します。この概念に当てはまる患者さんには抗線維化薬の投与を考慮するなど、予後を見据えた積極的管理が推奨されます。
急性増悪
特発性間質性肺炎の経過で重要なのは、「急性増悪(きゅうせいぞうあく)」です。急性増悪とは、それまでゆっくり進行していた病態が、ある日突然に悪化するイベントのことです。具体的には、数日から数週間という短期間で呼吸不全が急激に進み、CTでは肺全体に新たなすりガラス陰影(真っ白な陰影)が広がるような状態を指します。これは肺胞レベルで急性の広範な損傷(びまん性肺胞障害, DAD)が起きることで発生し、いわば「間質性肺炎版の急性呼吸窮迫症候群(ARDS)」とも言える重篤な状態です。急性増悪は、IPF患者さんに年間5〜10%程度の頻度で発生するとされており、特発性間質性肺炎全体でも同程度のリスクが存在すると考えられます(安定期が長いNSIPなどはもう少し低頻度です)。原因として感染症(ウイルスや細菌)や手術・処置のストレス、誤嚥、血栓症など様々な要因が引き金になりうると考えられていますが、明確な誘因がなく突発的に起こる場合もあります。いったん急性増悪が起これば、患者さんの肺機能は急激に悪化し重篤な呼吸不全に陥るため緊急入院が必要です。高濃度酸素や人工呼吸管理、ステロイドパルス療法など集中的治療が行われますが、残念ながら予後は極めて不良です。統計的には急性増悪を起こしたIPF患者の入院死亡率は50%以上、発症からの生存期間中央値はわずか3〜4ヶ月という報告もあります。生き延びたとしても肺は以前よりもさらに硬く傷んだ状態になり、以後は在宅酸素が手放せなくなるケースがほとんどです。したがって、急性増悪のリスクを下げること(=たとえば感染予防や全身麻酔手術の慎重な適応判断など)が、間質性肺炎患者さんの長期予後を左右すると言っても過言ではありません。幸い近年は、抗線維化薬(後述)が急性増悪の発生リスクを下げる可能性が示されており、こうした薬物療法もうまく組み合わせながらリスク管理を行っていきます。
以上のように、間質性肺炎の自然経過は緩徐進行型であっても急性増悪という落とし穴が存在します。患者さんご自身も「風邪をこじらせない」「少しでも調子が悪ければ早めに受診する」など、日頃から急性増悪の予防や早期発見に留意することが大切です。
治療
間質性肺炎の治療は、大きく分けて原因に対する治療と病態そのものに対する治療があります。まず、原因が特定できる場合(続発性の間質性肺炎)には、原因除去や基礎疾患の治療が最優先です。例えば、過敏性肺炎であれば原因抗原(鳥やカビなど)からの曝露回避が不可欠ですし、膠原病に伴う肺炎であればリウマチや強皮症などのコントロールを行います。また薬剤性肺炎であれば原因薬の中止、放射線肺炎であればステロイド投与などが行われます。このように「まず元を絶つ」ことで、肺炎の進行が止まったり改善するケースもあります。
一方、特発性間質性肺炎(原因不明)の場合や、原因を除去しても進行が予想される場合には、病態そのものを抑える治療を考えます。現在、線維化を抑制することを目的とした抗線維化薬が特発性肺線維症(IPF)をはじめ様々な線維化性肺疾患に用いられています。代表的な抗線維化薬にはピルフェニドン(商品名ピレスパ)とニンテダニブ(商品名オフェブ)の2剤があり、これらは臨床試験で肺機能の低下速度を緩やかにする効果が証明されています。また、それまで治療法のなかった進行性の線維化性肺疾患に対し希望をもたらした薬剤でもあり、近年ではIPF以外の進行例(PPFと定義される例)にも適応が拡大されています。抗線維化薬は残念ながら肺の線維化を元に戻すことはできませんが、進行を遅らせることで患者さんの呼吸機能を長く保つ効果があります。さらに、先述の急性増悪を予防する効果も期待されており、実際ニンテダニブとピルフェニドンはいずれも臨床試験で急性増悪の発生率を抑制する傾向が示されています。このように抗線維化薬は間質性肺炎治療の柱となりつつありますが、副作用(食欲低下、下痢、肝機能障害、光過敏など)に注意が必要で、すべての患者さんに万能というわけではありません。それでも「線維化を遅らせる初めての治療薬」として、これまで手をこまねいて見ているしかなかった進行性の線維化肺炎に対して大きな意義を持つ薬剤です。
炎症が強く関与するタイプの間質性肺炎では、抗炎症・免疫抑制療法が用いられます。具体的には副腎皮質ステロイド(プレドニゾロンなど)を中心に、必要に応じて免疫抑制剤(例えばアザチオプリン、シクロホスファミド、タクロリムス等)を併用します。非特異的間質性肺炎(NSIP)や器質化肺炎(COP)、慢性過敏性肺炎、膠原病に伴う肺炎などはステロイド治療に反応しやすく、炎症を鎮めることで症状や画像所見が改善することがあります。特にCOP(特発性器質化肺炎)はステロイドで劇的によくなることが多く、“治りやすい間質性肺炎”の代表です。ただし、IPF(特発性肺線維症)のように線維化が主体となってしまったタイプでは、ステロイドや免疫抑制剤はむしろ有害となりうることがわかっています。実際、過去にIPFへステロイド+免疫抑制剤を用いた臨床試験が行われましたが、有効性はみられず死亡リスクを高める結果となったため、現在ではIPFに免疫抑制療法は原則禁忌となっています。このように「炎症か線維化か」に応じて治療薬の選択は大きく異なり、専門医が総合的に判断します。
薬物療法以外では、在宅酸素療法(HOT)や呼吸リハビリテーションも重要な治療の一環です。間質性肺炎が進行すると労作時や睡眠時に低酸素血症をきたすため、自宅で酸素吸入を行うことで心臓への負担軽減や臓器への酸素供給改善を図ります。またリハビリにより呼吸筋や全身の筋力を維持することで、息切れの感じ方を和らげ日常生活動作の維持に役立ちます。特に歩行訓練や呼吸法の指導(口すぼめ呼吸など)は効果的で、患者さんのQOL向上につながります。さらに進行した場合の選択肢として肺移植があります。肺移植は高度に専門集約された治療で適応も限られますが、IPFをはじめとした末期肺疾患では根治の可能性がある唯一の治療です。日本でも限られた施設で実施されており、適応があり希望される場合は主治医と相談するとよいでしょう。
最後に、間質性肺炎領域でも近年新たな治療法の研究が盛んです。抗線維化薬に続く新薬開発や、自己免疫を調整する治療、幹細胞を用いた再生医療的アプローチなど、世界中で臨床試験が行われています。それらが実用化されるまでには時間が必要ですが、医療従事者は常に最新のエビデンスをフォローし、患者さんにとって最適な治療戦略を提供できるよう努めています。現時点では「完全に治す薬」は無いものの、治療しながら長期生存を目指せる時代になりつつあると言えるでしょう。
日常生活の管理
間質性肺炎と診断された患者さんが日常生活で気をつけるべきことも、病状の安定にとても大切です。以下に主なポイントを挙げます。
●禁煙
タバコは厳禁です。喫煙は肺への慢性的なダメージを蓄積させるだけでなく、間質性肺炎そのものを悪化させる可能性があります。喫煙者の方は診断された時点で必ず禁煙しましょう(周囲の方の協力も重要です)。受動喫煙も避けてください。
●原因物質の回避
過敏性肺炎など原因が特定できている場合は、徹底した曝露回避が必要です。鳥を飼っている方はやむを得ず手放す、カビが繁殖しやすい環境であれば住環境を改善する、農業を職業としている方は作業環境に換気やマスクで十分配慮する等、可能な限りの対策を講じましょう。また、職業性肺疾患(粉じん肺など)のリスクがある場合、防塵マスクの着用や職場環境の見直しを行います。
●感染予防
風邪やインフルエンザの予防はとても重要です。ウイルスや細菌の肺感染は、間質性肺炎を一時的に悪化させたり急性増悪の引き金になったりする可能性があります。手洗い・うがいの励行、人混みではマスクを着用する、冬季はインフルエンザワクチンや肺炎球菌ワクチンを接種するなど、一般的な感染予防策を徹底してください。特にステロイドや免疫抑制剤で治療中の方は感染症にかかりやすいため注意が必要です。
●適度な運動と呼吸リハビリ
病状に応じて可能な範囲で身体を動かす習慣を持ちましょう。安静にしすぎると筋力が低下し、かえって息切れが強くなってしまいます。主治医や理学療法士と相談の上、散歩やストレッチなど軽い運動から始めてみてください。呼吸リハビリテーションでは、息切れ時の呼吸法や姿勢の指導、筋力トレーニングなどを行います。定期的なリハビリは運動耐容能の維持向上だけでなく、患者さんの不安軽減や生活意欲の向上にも役立ちます。
●栄養管理
バランスの良い食事を心がけ、低栄養状態に陥らないようにしましょう。間質性肺炎では呼吸にエネルギーを多く消費し、また食欲減退や治療薬の副作用などから痩せてしまう方が少なくありません。実際、IPF患者さんの約4人に1人は栄養不良と報告されており、低栄養のある患者さんは入院リスクや死亡リスクが有意に高いことがわかっています。特に筋肉量が落ちると呼吸筋も弱り悪循環に陥ります。十分なたんぱく質とカロリーを摂取し、体重を適正に保つことが大切です。食が細い方は一度にたくさん食べようとせず、少量ずつ高エネルギーのものを摂る工夫や栄養補助飲料の活用も検討してください。必要に応じて栄養士の指導を仰ぐのも良いでしょう。
●生活環境
自宅で酸素療法を行っている場合は、火気の取り扱い(喫煙はもとより、ガスコンロやストーブなど含めて)に注意しましょう。また室内の換気を適度に行い、ホコリやカビが溜まらない清潔な環境を維持してください。加湿器やエアコンのフィルターも定期的に掃除し、カビの温床にならないようにします。乾燥や寒冷も呼吸器には負担となるので、適度な湿度と温度を保つよう心がけます。
●定期受診と相談
病状が安定していても定期的なフォローアップは欠かさず受けましょう。肺機能検査や画像検査で経過を追うことで、進行の兆候をいち早く捉えることができます。少しでも息苦しさが増した、咳や痰の性状が変わった、発熱した等の変化があれば早めに主治医に連絡し指示を仰いでください。また日常生活で困っていること(息切れで家事が大変、外出が不安など)があれば、遠慮せず医療スタッフに相談しましょう。必要に応じて在宅医療サービスや介護サービス、患者会の紹介なども受けられる場合があります。
以上のような日常生活上のポイントに気を配ることで、間質性肺炎と共に暮らしながらもできるだけ安定した状態を保つことが期待できます。ご本人とご家族が一緒になって、無理のない範囲で生活習慣を整えていくことが大切です。
最後に、間質性肺炎は確かに難しい病気ではありますが、医療の進歩により少しずつ「長く付き合える病気」になりつつあります。欧米を中心に最新のエビデンスが集積され、新しい分類や治療法が生まれています。日本においても国内外の情報を踏まえた上で、患者さんに最善の医療を提供できるよう取り組んでいます。不安なことや疑問があれば、主治医に遠慮なく質問し、納得のいく説明を受けてください。患者さんと医療者が二人三脚で病気に向き合い、適切な治療と生活管理を続けていくことで、きっとより良い日々を過ごせるようになるはずです。
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記事監修者田場 隆介
医療法人社団 青山会 まんかいメディカルクリニック 理事長
医療法人社団青山会代表。兵庫県三田市生まれ、三田小学校、三田学園中学校・同高等学校卒業。 1997(平成9)年岩手医科大学医学部卒業、町医者。聖路加国際病院、淀川キリスト教病院、日本赤十字社医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院を経て、2009(平成21)年医療法人社団青山会を継承。 2025年問題の主な舞台である地方の小都市で、少子高齢化時代の主役である子どもと高齢者のケアに取り組んでいる。
