【免疫】運動は、広域な「免疫療法」だった―毎日走る人ほど病気を寄せつけない免疫科学―
はじめに ― 1 日 30 分のジョギングが起こす「免疫革命」
「運動が体に良い」ことは誰もが知る事実ですが、では「なぜ良いのか」と問われると、明快に答えられる方は意外と少ないかもしれません。実は近年、運動が私たちの免疫システムを根本から作り変える「免疫療法」であるという事実が、世界的な医学誌で次々と証明されつつあります。2026 年 7 月に免疫学のトップ誌『Immunity』に掲載された Phelps と Meisel による総説論文(Phelps & Meisel, Immunity 2026)は、運動が NK 細胞、CD8 細胞傷害性 T 細胞、マクロファージといった免疫細胞の動員・分化・機能を統合的に制御することを、過去 5 年間の最先端研究を踏まえて体系化しました。
さらに 2025 年 6 月、世界三大医学誌の一つ『New England Journal of Medicine』に掲載された CHALLENGE 試験(Courneya et al., NEJM 2025)は、大腸がん術後の患者 889 名に 3 年間の構造化運動プログラムを実施した結果、無病生存率が向上し、死亡リスクが大幅に低下することを世界で初めてランダム化比較試験で証明し、医学界に衝撃を与えました。同年 7 月には『Cell』誌に、運動が腸内細菌叢を変化させて産生される「ホルメート(formate)」という代謝産物が、がん免疫療法の効果を高めることを示した研究(Phelps et al., Cell 2025)も発表されています。
本コラムでは、なぜ運動が免疫を強化するのか、その背後にある最新メカニズムを、欧米の権威ある 10 本の論文をもとに紐解いていきます。「がん予防」「感染症対策」「自己免疫疾患の管理」「健康長寿」を目指すすべての方に、運動という最も身近で、最も強力な医療を再発見していただきたいと願って執筆しました。
1. 運動は免疫細胞の「再配置」を引き起こす ― β2 受容体とアドレナリンの巧みな指揮
運動を始めると、わずか数分のうちに血液中の白血球数が 2〜3 倍に跳ね上がります。長時間の持久運動では最大 5 倍にも達することが知られています(Phelps & Meisel, Immunity 2026)。これは「白血球増多症(leukocytosis)」と呼ばれる現象で、1902 年にマラソン走者で初めて記録されて以来、運動免疫学の出発点となってきました。しかし、ただ数が増えるだけではありません。運動は特定の免疫細胞、とくに NK 細胞、γδT 細胞、CD8 細胞傷害性 T 細胞、炎症性単球といった「即戦力の戦闘部隊」を選択的に動員することが、近年の研究で明らかになっています。
この選択的動員の指揮を執るのが、運動中に副腎から大量に分泌される「アドレナリン(エピネフリン)」と、それが結合する「β2 アドレナリン受容体」です。健康な男性を対象とした二重盲検クロスオーバー試験では、β1 と β2 の両方を阻害するナドロールを内服した状態で運動すると、NK 細胞・CD8 T 細胞・γδT 細胞・非典型単球の動員が有意に減弱することが示されました(Phelps & Meisel, Immunity 2026)。一方、β1 のみを阻害するビソプロロールでは抑制されないことから、β2 受容体こそが運動免疫の中心的スイッチであることが明らかになっています。
高血圧で心臓・血圧の薬を飲んでいる方にとって、これは大切な知見です。β 遮断薬の選択(選択的 β1 遮断薬か非選択的か)によって、運動による免疫賦活効果が変わる可能性があるからです。まんかいメディカルクリニックでは、患者さま一人ひとりのライフスタイル・運動習慣・併存疾患を踏まえた薬剤選択を心がけています。
2. 筋肉から放たれる「エクササイン」 ― IL-6・乳酸が免疫を書き換える
運動中、収縮する骨格筋は単なる「動く臓器」ではなく、全身に信号を送る巨大な内分泌器官として働きます。筋肉から分泌される生理活性物質を「マイオカイン(myokine)」、さらに脂肪組織・肝臓・心臓・脳など全身の組織から運動時に放出される物質群を「エクササイン(exerkine)」と総称します。2022 年に『Nature Reviews Endocrinology』に発表された総説(Chow et al., Nat Rev Endocrinol 2022)は、IL-6・FGF21・GDF15・イリシン・乳酸など、これまでに同定された数十種類のエクササインを体系化し、運動の全身的な恩恵がこれらの分子の連携によることを示しました。
とりわけ重要なのが、収縮する筋肉から大量に放出されるインターロイキン 6(IL-6)です。安静時の血中濃度はごく微量ですが、激しい運動で 5 倍以上に急上昇します(Phelps & Meisel, Immunity 2026)。IL-6 は単なる「炎症物質」ではなく、運動時には逆に抗炎症的に働き、成熟した CD56dim 型 NK 細胞や樹状細胞を血中に動員し、さらに腸管 L 細胞から GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)の分泌を促します。これは血糖コントロールの改善や膵 β 細胞の保護に直結する経路で、糖尿病・肥満治療薬として広く使われる GLP-1 受容体作動薬(セマグルチド、リラグルチドなど)と同じ作用軸です。
もう一つの主役が「乳酸」です。激しい運動で血中乳酸は安静時の 1〜2 mM から 20 mM にまで上昇しますが、これは疲労物質ではなく CD8 T 細胞の細胞傷害活性を増強する重要なシグナル分子であることが、2020 年に『eLife』誌に発表された研究(Rundqvist et al., eLife 2020)で示されました。同研究では、運動マウスの CD8 T 細胞は乳酸によって細胞傷害性が高まり、腫瘍細胞を効率よく破壊することが確認されています。「乳酸=疲労」という古い理解は、もはや時代遅れなのです。
3. NK 細胞は「走る人」の味方 ― がん細胞を狙撃する天然キラー
ナチュラルキラー(NK)細胞は、私たちの体内を巡回し、ウイルス感染細胞やがん細胞を抗体なしで直接攻撃できる「先発の狙撃部隊」です。運動と NK 細胞の関係を決定的に証明したのが、2016 年に『Cell Metabolism』誌に発表された Pedersen らの画期的な研究(Pedersen et al., Cell Metab 2016)でした。彼らは 5 種類の異なるマウス腫瘍モデル(B16 黒色腫、Lewis 肺がん、肝細胞がんなど)を用い、自発的に回し車で走るマウスでは腫瘍の発生・進展が 60%以上抑制されることを示しました。
そのメカニズムは明確です。運動によって分泌されたアドレナリンが NK 細胞を血中に動員し、IL-6 がその NK 細胞を腫瘍内へと誘導する。NK 細胞を抗体で除去するか、β 遮断薬で動員を妨げるか、IL-6 を中和するかのいずれかを行うと、運動による腫瘍抑制効果は完全に消失したのです。これは「アドレナリン-IL-6-NK 細胞」軸という美しい免疫回路の存在を世界で初めて証明した記念碑的な研究です(Phelps & Meisel, Immunity 2026)。
この知見はヒトでも再現されています。前立腺がん患者を対象とした研究では、わずか 30 分の有酸素運動で CD56dim 型 NK 細胞が選択的に動員され、ex vivo(試験管内)で K562 がん細胞を殺傷する能力が有意に増強することが確認されました(Phelps & Meisel, Immunity 2026)。NK 細胞の能力低下は、加齢に伴う「免疫老化(immunosenescence)」の主要な特徴です。日常的な運動は、この老化の波に逆らう最も強力で副作用のない方法といえるでしょう。
4. CD8 T 細胞を「精鋭部隊」に育てる ― 腫瘍免疫の最先端メカニズム
腫瘍免疫学の中心選手は、間違いなく CD8 細胞傷害性 T 細胞(Tc1)です。これらは特定の腫瘍抗原を認識し、グランザイム B やパーフォリンを放出してがん細胞を狙い撃ちします。2021 年に『Cancer Immunology Research』に掲載された Gomes-Santos らの研究(Gomes-Santos et al., Cancer Immunol Res 2021)は、運動が乳がんに対する CD8 T 細胞の腫瘍内浸潤を CXCR3(ケモカイン受容体)依存的に増加させ、抗 PD-1・抗 CTLA-4 などの免疫チェックポイント阻害薬(ICI)の効果を著明に高めることを示しました。CXCR3 欠損マウスではこの恩恵が完全に消失するため、CXCR3 経路は「運動免疫療法」の中核と位置づけられています。
膵がんという、現代医学でも極めて治療が困難ながんに対しても、運動の力が証明されつつあります。2022 年に『Cancer Cell』誌に発表された Kurz らの研究(Kurz et al., Cancer Cell 2022)では、有酸素運動が IL-15/IL-15Rα 軸を活性化することで、腫瘍浸潤性の IL15Rα+CD8 T 細胞を増加させ、膵がんの増殖を抑制することが示されました。さらに IL-15 スーパーアゴニスト(NIZ985)単独でも同様の効果を発揮し、抗 PD-1 療法と相乗的に作用することから、運動の「擬似薬」開発への道が開かれつつあります。
黒色腫、肺がん、乳がん、膵がん、前立腺がん―。腫瘍の種類は違えども、運動が一貫して CD8 T 細胞の動員と機能を高め、ICI の効果を増強することが、20 を超える前臨床・臨床研究で確認されています(Phelps & Meisel, Immunity 2026)。がん治療を受けている方、あるいはがん家系の方にとって、運動はもはや「やった方が良いこと」ではなく「やらなければならない治療」なのです。
5. 腸内細菌が紡ぐ「運動と免疫」の見えない糸 ― ホルメート発見の衝撃
運動の免疫効果は、私たちの体内だけで完結しません。腸内に棲む 100 兆個の細菌たちもまた、運動によって変化し、免疫を強化する見えざる協力者なのです。2025 年 7 月、『Cell』誌に発表された Phelps らの研究(Phelps et al., Cell 2025)は、この分野に革命をもたらしました。彼らはマウスに 5 週間のトレッドミル運動または自発的回し車運動を課し、その腸内細菌叢から産生される代謝産物を網羅的に解析したのです。
発見されたのは「ホルメート(formate、ギ酸塩)」という、ピルビン酸ホルメート分解酵素(pfl)を持つ腸内細菌が産生する 1 炭素代謝産物でした。運動マウスの腸内では pfl 陽性菌が増え、血中ホルメート濃度が上昇していました。このホルメートは、CD8 T 細胞に内在する転写因子 Nrf2 を活性化することで、細胞傷害活性を高め、免疫チェックポイント阻害薬に抵抗性の BRAFV600E 変異黒色腫の増殖を抑制したのです。さらに進行黒色腫患者のコホートでも、便中 pfl 遺伝子の存在と血清ホルメート濃度の高さが、ICI 治療への良好な反応性および無増悪生存期間の延長と相関しました。
「ヨーグルトを食べれば免疫が上がる」という単純な話ではありません。運動という日常行動が、特定の腸内細菌を増やし、その細菌が産生する代謝物が遠く離れた腫瘍内の T 細胞を覚醒させる―。この精緻な「腸-免疫-腫瘍」の三角関係は、静かな免疫療法なのです。
6. 運動は心血管炎症を鎮める ― 骨髄レベルで「炎症体質」を変える
現代日本人の死因の大半を占める心筋梗塞や脳梗塞などの心血管疾患は、「慢性の低レベル炎症」が動脈硬化の根底にあることが知られています。この炎症を引き起こす犯人が、骨髄から供給される白血球(とくに単球やマクロファージ)です。2019 年に『Nature Medicine』誌に発表された Frodermann らの画期的研究(Frodermann et al., Nat Med 2019)は、運動が骨髄レベルで「炎症体質」そのものを変えることを証明しました。
ハーバード大学と MGH(マサチューセッツ総合病院)のチームは、自発的に走るマウスでは脂肪組織からのレプチン分泌が低下し、骨髄ニッチ(造血幹細胞の住処)にある LepR+間質細胞のシグナルが変化することで、造血幹・前駆細胞(HSPC)が「休止状態」に入ることを発見しました。その結果、炎症性白血球の産生が抑えられ、動脈硬化部位への白血球浸潤が減少したのです。重要なのは、緊急時(感染時など)の白血球産生は維持されており、運動は「過剰な炎症だけを選択的に抑える」絶妙な調整機能を持つことが示された点です。
二つの大規模ヒトコホート研究でも、運動頻度が高い人ほど血中レプチン濃度が低く、白血球数が少ないことが確認されています(Frodermann et al., Nat Med 2019)。「コレステロールや HbA1c が正常でも、なぜか動脈硬化が進む」という方は、骨髄レベルの慢性炎症が背景にある可能性があります。まんかいメディカルクリニックでは CT・頸動脈エコー・血液炎症マーカー(高感度 CRP など)を組み合わせた包括的な動脈硬化評価を行い、薬物療法と運動療法を統合した治療を提供しています。
7. CHALLENGE 試験 ― 大腸がん再発を 3 割減らした世界初のランダム化試験
前臨床研究から人間への橋渡しとして、もっとも強力なエビデンスは何といっても「ランダム化比較試験(RCT)」です。2025 年 6 月、世界三大医学誌の一つ『New England Journal of Medicine』に発表された CHALLENGE 試験(Courneya et al., NEJM 2025)は、運動がん治療のパラダイムを決定的に変える歴史的研究となりました。本試験では、ステージ II(高リスク)〜III 大腸がんで術後補助化学療法を完了した 889 名を、3 年間の「構造化運動プログラム(指導+行動カウンセリング、目標は週 10MET 時間以上の運動増加)」群と「健康教育のみ」群にランダム割付し、平均 7.9 年間追跡したのです。
結果は劇的でした。運動群では無病生存率(DFS)のハザード比が 0.72(5 年 DFS 80.3% vs 73.9%)、全生存率(OS)のハザード比が 0.63(8 年 OS 90.3% vs 83.2%)と、それぞれ 28%と 37%の死亡リスク低下を示したのです。さらに肝転移再発と新規原発がんの発生も大幅に減少しました。この効果のサイズは、術後補助免疫チェックポイント阻害薬(ペムブロリズマブ、ニボルマブ、アテゾリズマブなど)に匹敵し、しかも費用はゼロに近い―。研究者らは「もし運動が薬剤であれば、FDA 優先審査を受け、月 10,000 ドルの値段がついても不思議でない」と評しています(Phelps & Meisel, Immunity 2026)。
さらに 2025 年に『GeroScience』誌に発表された Ungvari らの大規模メタ解析(Ungvari et al., GeroScience 2025)は、乳がん・肺がん・前立腺がん・大腸がん・皮膚がんの患者を対象とした多数の研究を統合し、診断後の身体活動が一貫してがん特異的死亡率と全死亡率を低下させることを示しました。まんかいメディカルクリニックでは、がんサバイバーの方やがん家系の方に対して、医師の管理のもとで安全に運動療法を提供する「指定運動療法施設」を併設し、通所リハビリテーション『あした』とも連携してきめ細かいサポートを行っています。
8. 自己免疫疾患・糖尿病・感染症 ― 運動の万能性
運動の免疫調節作用は、がんの分野を超えて、自己免疫疾患や代謝疾患にも広がります。多発性硬化症(MS)のモデルである実験的自己免疫脳脊髄炎(EAE)では、運動が中枢神経系への免疫細胞浸潤を減らし、IL-17 を産生する病原性 Th17 細胞を抑制して IL-10 を産生する制御性 T 細胞(Treg)を増やすことが示されています(Phelps & Meisel, Immunity 2026)。脱髄や軸索損傷の指標も改善し、神経保護的な抗酸化物質 Nrf2 の発現も上昇しました。
糖尿病の領域でも、運動はインスリン感受性を高めるだけでなく、IL-6 を介して GLP-1 分泌を促進し、膵 β 細胞の生存と機能を支えることが示されています。インスリン抵抗性や 2 型糖尿病では、運動が脂肪組織や肝臓の M1 様マクロファージ(炎症性)を減らし M2 様マクロファージ(抗炎症性)を増やし、TNF-α、IL-6、IL-1β などの炎症性サイトカインを低下させます(Phelps & Meisel, Immunity 2026)。これは「炎症としての糖尿病」という新しい疾患観に対する、最も実効性のある対処法といえます。
感染症との関係も明確です。世界保健機関(WHO)が 2020 年に発表した身体活動ガイドライン(Bull et al., Br J Sports Med 2020)では、成人に対して週 150〜300 分の中強度運動または 75〜150 分の高強度運動が推奨されています。中強度の規則的な運動は、上気道感染症のリスクを最大 50%低下させ、高齢者のインフルエンザワクチン抗体応答を改善することが、多数の研究で確認されています。COVID-19 パンデミック以降、運動習慣のある高齢者はワクチン接種後の抗体反応がより強く・長く持続することも示されています(Phelps & Meisel, Immunity 2026)。
9. 「運動処方」の実際 ― 何を、どれだけ、どう続けるか
ここまで読まれた方の多くは、「では、具体的にどれくらい動けばよいのか」と思われたことでしょう。世界保健機関(Bull et al., Br J Sports Med 2020)の推奨は明確です。18〜64 歳の成人は、週に 300 分の中強度有酸素運動(速歩、ジョギング、サイクリング、水泳など)、または 150 分の高強度運動を行い、加えて週 2 回以上の筋力トレーニングを取り入れること。65 歳以上の高齢者には、これに転倒予防のためのバランス運動の追加が推奨されます。
前臨床・臨床研究で一貫して示されているのは、「単発の運動」ではなく「反復的な訓練(training)」が、本物の免疫リモデリングをもたらすという点です(Phelps & Meisel, Immunity 2026)。1 回の運動で NK 細胞や CD8 T 細胞は確かに動員されますが、その効果は数時間で消失します。長期的な恩恵を得るためには、最低週 3〜5 回、できれば毎日少しでも体を動かす習慣が必要です。逆に、極端に激しい運動(マラソン直後など)は一時的に免疫を抑制し、上気道感染症リスクを 2〜6 倍に高めることが知られています(これを『J カーブ理論』と呼びます)。
重要なのは、自分の体力・年齢・併存疾患に合った「適切な強度」を見極めることです。心臓病・糖尿病・呼吸器疾患をお持ちの方や、長年運動から遠ざかっていた方は、いきなり激しい運動を始めず、まずは医師のメディカルチェックを受けることを強く推奨します。まんかいメディカルクリニックでは、CT、超音波検査などを用いた包括的な運動前評価を行い、お一人おひとりに最適な「運動処方箋」を発行しています。
おわりに ― 「動かないこと」は新しいタバコ
「身体的不活動は新しいタバコだ(Sitting is the new smoking)」という標語が、近年の公衆衛生学で頻繁に引用されます。世界では成人の約 3 分の 1 にあたる 18 億人が WHO の運動推奨量を満たしておらず、これが心血管疾患・糖尿病・がん・認知症の主要な発症要因となっています。本コラムで紹介した 10 本の権威ある論文が示すのは、運動が単なる「健康習慣」ではなく、NK 細胞・CD8 T 細胞・マクロファージ・腸内細菌叢を統合的に制御する「最強の免疫療法」であるという事実です。
今日から 1 日 30 分の軽いジョギングを始めるだけで、あなたの体内では数えきれないほどの細胞が動員され、再配置され、再教育されます。早期発見・早期治療と並んで、運動を習慣化することこそが、これからの医療の主役です。まんかいメディカルクリニックでは、内科診療・運動療法・食事療法を統合し、皆さまの健康寿命延伸を全力でサポートしてまいります。運動を始めたい方、続けることに不安がある方、ご自身の体力を客観的に評価したい方は、ぜひお気軽にご相談ください。
FAQ ― よくあるご質問
Q1. 「忙しくて週 300 分も運動できません」。短時間でも効果はありますか?
はい、現在の科学はその問いに明確に答えています。WHO ガイドラインも「短い運動でもしないよりはるかに良い」と明記しています(Bull et al., Br J Sports Med 2020)。実際、わずか 90 秒の高強度スプリントで血中 CD8 T 細胞数が上昇することが報告されており(Phelps & Meisel, Immunity 2026)、最近のメタ解析では 1 日 7,000〜10,000 歩のウォーキングでも全死亡リスクが大幅に下がることが示されています。「エレベーターを階段に」「一駅手前で降りて歩く」など、日常生活の中で運動を細切れに積み重ねる『運動スナック(exercise snacks)』も有効です。完璧を目指さず、まず動き始めることが何より重要です。
Q2. 運動でがん再発が減るというのは、本当に信じてよいデータでしょうか?
極めて信頼できるデータです。2025 年 6 月、世界三大医学誌の一つ NEJM に発表された CHALLENGE 試験(Courneya et al., NEJM 2025)は、889 名の大腸がん患者を 3 年間の構造化運動プログラム群と健康教育群にランダム割付した、世界初の大規模 RCT です。平均 7.9 年の追跡で、運動群は無病生存率のハザード比 0.72(5 年 DFS 80.3% vs 73.9%)、全生存率のハザード比 0.63(8 年 OS 90.3% vs 83.2%)と、明確な生存改善を示しました。さらに 2025 年のメタ解析(Ungvari et al., GeroScience 2025)でも、乳がん・前立腺がん・肺がんなど多くのがん種で同様の効果が確認されています。これらは『運動はがん治療の標準』とすべきレベルのエビデンスです。
Q3. 高齢者です。激しい運動は危険ですか?
正しく管理されれば、高齢者にこそ運動は大きな恩恵をもたらします。65 歳以上の高齢者では、加齢に伴う免疫老化(NK 細胞機能低下、ナイーブ T 細胞減少など)が進行しますが、研究では中強度の運動を 6 週間続けるだけで CD4 ヘルパーT 細胞の比率が改善し、B 細胞のサブセットも若返ることが示されています(Phelps & Meisel, Immunity 2026)。重要なのは『安全な強度から始めること』。心臓病や呼吸器疾患をお持ちの方は、医師の管理下で運動負荷試験を受け、個別の運動処方を受けてから開始することを強く推奨します。まんかいメディカルクリニックの指定運動療法施設と通所リハビリテーション『あした』では、高齢者・慢性疾患患者さまの安全な運動を専門的に支援しています。
Q4. 運動とがん免疫療法(免疫チェックポイント阻害薬)を併用すると、本当に効果が上がりますか?
前臨床・臨床両方のデータが、運動と ICI の相乗効果を強く支持しています。乳がんマウスモデルでは運動と抗 PD-1 または抗 CTLA-4 の併用が、それぞれ単独よりも腫瘍縮小効果が高いことが示されました(Gomes-Santos et al., Cancer Immunol Res 2021)。さらに最新の Cell 誌の研究では、運動が腸内細菌由来ホルメートを介して CD8 T 細胞の Nrf2 経路を活性化し、ICI 抵抗性の黒色腫にも効果を発揮し、ICI 併用で生存率を改善することが示されました(Phelps et al., Cell 2025)。膵がんモデルでも、運動は IL-15/IL-15Rα 軸を活性化し、抗 PD-1 療法の効果を増強します(Kurz et al., Cancer Cell 2022)。がん治療中の方は主治医と相談のうえ、安全な範囲で運動を続けることが推奨されます。
Q5. 風邪をひいた時や疲労時は、運動を休むべきですか?
状況に応じた判断が必要です。軽度の上気道感染症(鼻症状程度)では、軽い運動はかえって回復を促す可能性がありますが、発熱・全身倦怠感・咳・筋肉痛など『首から下』の症状がある場合は、運動を中止し休養を取るべきです。これは『首ルール(neck rule)』として広く知られています。さらに、極端に激しい運動(マラソンや長時間の高強度トレーニング)の直後は、一時的に免疫機能が低下し、上気道感染症リスクが 2〜6 倍に上昇することが示されています(これを『J カーブ理論』と呼びます)(Phelps & Meisel, Immunity 2026)。中強度の規則的運動が最も免疫を強化し、極端な過剰運動はむしろ免疫を弱めます。『ほどよく、毎日続ける』ことが運動免疫学の黄金律です。
参考文献
- Phelps CM, Meisel M. The immunology of exercise: Mechanisms, mediators, and therapeutic opportunities. Immunity. 2026;59(7):1-17. https://doi.org/10.1016/j.immuni.2026.04.016
- Courneya KS, Vardy JL, O’Callaghan CJ, et al. Structured Exercise after Adjuvant Chemotherapy for Colon Cancer. N Engl J Med. 2025;393(1):13-25. https://doi.org/10.1056/NEJMoa2502760
- Phelps CM, Willis NB, Duan T, et al. Exercise-induced microbiota metabolite enhances CD8 T cell antitumor immunity promoting immunotherapy efficacy. Cell. 2025;188(20):5680-5700.e28. https://doi.org/10.1016/j.cell.2025.06.018
- Pedersen L, Idorn M, Olofsson GH, et al. Voluntary Running Suppresses Tumor Growth through Epinephrine- and IL-6-Dependent NK Cell Mobilization and Redistribution. Cell Metab. 2016;23(3):554-562. https://doi.org/10.1016/j.cmet.2016.01.011
- Kurz E, Hirsch CA, Dalton T, et al. Exercise-induced engagement of the IL-15/IL-15Rα axis promotes anti-tumor immunity in pancreatic cancer. Cancer Cell. 2022;40(7):720-737.e5. https://doi.org/10.1016/j.ccell.2022.05.006
- Rundqvist H, Veliça P, Barbieri L, et al. Cytotoxic T-cells mediate exercise-induced reductions in tumor growth. eLife. 2020;9:e59996. https://doi.org/10.7554/eLife.59996
- Gomes-Santos IL, Amoozgar Z, Kumar AS, et al. Exercise Training Improves Tumor Control by Increasing CD8+ T-cell Infiltration via CXCR3 Signaling and Sensitizes Breast Cancer to Immune Checkpoint Blockade. Cancer Immunol Res. 2021;9(7):765-778. https://doi.org/10.1158/2326-6066.CIR-20-0499
- Chow LS, Gerszten RE, Taylor JM, et al. Exerkines in health, resilience and disease. Nat Rev Endocrinol. 2022;18(5):273-289. https://doi.org/10.1038/s41574-022-00641-2
- Frodermann V, Rohde D, Courties G, et al. Exercise reduces inflammatory cell production and cardiovascular inflammation via instruction of hematopoietic progenitor cells. Nat Med. 2019;25(11):1761-1771. https://doi.org/10.1038/s41591-019-0633-x
- Bull FC, Al-Ansari SS, Biddle S, et al. World Health Organization 2020 guidelines on physical activity and sedentary behaviour. Br J Sports Med. 2020;54(24):1451-1462. https://doi.org/10.1136/bjsports-2020-102955
※本コラムは医学的情報の提供を目的としたものであり、個別の診断・治療を代替するものではありません。
気になる症状がある方は医療機関にご相談ください。
記事監修者田場 隆介
医療法人社団 青山会 まんかいメディカルクリニック 理事長
医療法人社団青山会代表。兵庫県三田市生まれ、三田小学校、三田学園中学校・同高等学校卒業。 1997(平成9)年岩手医科大学医学部卒業、町医者。聖路加国際病院、淀川キリスト教病院、日本赤十字社医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院を経て、2009(平成21)年医療法人社団青山会を継承。 2025年問題の主な舞台である地方の小都市で、少子高齢化時代の主役である子どもと高齢者のケアに取り組んでいる。
