百日咳
「風邪だと思ったのに、2週間以上も咳が止まらない」「夜になると息苦しいほど咳き込み、眠れない」。もしかしたらただの長引く風邪ではなく「百日咳」かもしれません。
かつては子どもの病気というイメージでしたが、近年はワクチンの効果が薄れた、大人の感染が世界的に増加しています。軽い症状で済む大人が、気づかないうちに家庭や職場で感染源となり、免疫のない赤ちゃんの命を危険にさらすケースが問題となっています。
ここでは、百日咳特有の咳と治療法、そして予防策を詳しく解説します。
■その咳、百日咳かも?見分けるための4つの特徴
「風邪だと思ったのに、咳だけがいつまでも治まらない」
「夜になると咳がひどくて眠れない」
百日咳には、特徴的な症状の進み方や咳の出方があります。
これからご紹介する4つの特徴を知ることで、症状と見比べられます。 気になる症状があれば、百日咳の早期発見につなげましょう。
カタル期から始まる3段階の症状経過
百日咳の症状は、はじめは風邪とそっくりです。しかし、時間とともに特徴的な経過をたどるのが大きな違いです。 症状は大きく3つの時期に分けられ、それぞれ期間や症状が異なります。
時期 | 主な期間 | 主な症状 |
---|---|---|
カタル期 | 約2週間 | くしゃみ、鼻水、熱など風邪によく似た症状が出ます。だんだんと咳の回数が増えて、ひどくなっていきます。 |
痙咳期(けいがいき) | 約2~3週間 | 百日咳に特徴的な、激しい咳の発作が何度も起こります。息を吸うと咳き込んでしまい、息つぎをしにくいくらいに咳き込みます。 |
回復期 | 3週間以上 | 激しい咳の発作は、少しずつ減ってきます。しかし、ちょっとした刺激で咳の発作が出てしまいます。咳が完全に治まるまでには、数ヶ月かかることも珍しくありません。 |
特に注意してほしいのが、最初の「カタル期」です。 この時期は風邪と見分けるのがとても難しいです。 しかし、実はこの時期が最も周りの人にうつしやすいとされています。風邪だと思っても咳がだんだんひどくなる場合は、早めに相談しましょう。
コンコンという短い咳が連続する咳発作(レプリーゼ)
百日咳の最も大きな特徴は、「痙咳期(けいがいき)」の激しい咳です。 この咳は「痙咳発作(けいがいほっさ)」や「レプリーゼ」と呼ばれます。 息つぎをする間もないほど、短い咳が連続して出るのが特徴です。
痙咳発作の具体的な様子
- 「コン、コン、コン、コン」と機関銃のように咳が続きます。 止めたくても止められない短い咳です。
- 連続した咳のあと、息を大きく吸い込む時に聞こえる音です。笛のような音がする時もあります。これは、咳で狭くなった空気の通り道を空気が通るためです。
このような咳の発作は体力をとても消耗し、非常に苦しいものです。 早めに受診して、診断につなげましょう。
【咳の発作 チェックリスト】
夜や明け方になると、咳が特にひどくなる |
咳き込みがひどい |
咳の勢いが強すぎて胸が痛い |
冷たい空気に当たったり、会話をしたりするだけで咳が出る |
咳の発作がない時は、比較的けろっとしている |
これらの特徴的な咳は、百日咳を強く疑う大切なサインとなります。
大人は長引くひどい咳、子どもは重症化しやすい:年齢別の症状の違い
百日咳は、かかる人の年齢によって症状の現れ方が大きく異なります。 特に、体の小さな赤ちゃんほど重症化しやすいため、注意が必要です。
大人の百日咳
大人の場合、子どもの頃に受けたワクチンの効果が弱まり感染します。 しかし、症状は比較的軽いことが多く特徴的な咳が出ないものの、長期間咳が長引きます。 そのため、ただの長引く咳や気管支炎などと自己判断しがちです。
咳は何週間も続くため、体力を消耗してしまいます。 咳のしすぎで肋骨骨折を起こしてしまう方もいるほどです。 何より、軽い症状でも菌は排出しているため、感染源になり得ます。
子どもの百日咳
赤ちゃんは重症化するリスクが非常に高くなります。
乳児(特に生後6か月未満)は、典型的な咳の発作に加えて、呼吸が止まる「無呼吸発作」に注意です。 顔色が悪くなるチアノーゼや、けいれんを起こすこともあります。 肺炎や脳症などの重い合併症も起こす可能性があります。 一刻も早い診断と治療が不可欠です。
最近のフランスでの流行を調べた研究では、興味深い報告があります。これまでの流行より、若い世代、特に1~6歳の子どもに感染が増えました。 大人が感染源となり、ワクチンをまだ打っていない赤ちゃんにうつすのです。世代を問わず、みんなで注意することが必要な感染症といえます。
百日咳菌の主な感染経路と約7〜10日の潜伏期間
百日咳は、「百日咳菌」という細菌に感染することで起こります。 この菌は、インフルエンザ菌やウイルスと並び、感染力が強いです。
主な感染経路
飛沫感染 | 感染者の咳やくしゃみで飛び散るエアロゾルが原因です。このエアロゾルは換気の悪い室内で漂い、それを吸い込むことで感染が広がります。 学校や職場、イベントやコンサートなど、人が集まる場所では特に注意が必要です。 |
接触感染 | 菌が付いた特に金属製のドアノブや手すりなどに触れることも原因になります。その手で自分の口や鼻を触ると、菌が体内に入り感染します。 |
潜伏期間と感染力のある期間: 菌に感染してから症状が出るまでの「潜伏期間」は、通常約7〜10日です。この間は症状がないため、感染していることに気づけません。症状が出始めてから、特にカタル期の約2週間が最も感染力が強いです。適切な抗菌薬で治療を始めると、5日ほどで菌はいなくなります。
近年のコロナ禍では、マスクや手洗いにより百日咳の流行は抑えられました。しかし、その影響で百日咳菌への免疫を持つ人が減った可能性があります。その結果、現在、百日咳が再び流行しやすくなっていると考えられます。
■百日咳と診断されたら?治療法と日常生活の注意点4つ
「百日咳」と診断され、激しい咳でつらい思いをされていることでしょう。「この咳はいつまで続くの?」と、 不安な気持ちでいっぱいかもしれません。
しかし、百日咳は適切な治療とセルフケアで乗り越えられる病気です。治療の目的は、ご自身の症状を和らげることだけではありません。 周りの大切な人、特に赤ちゃんにうつさないためにも非常に重要です。
適切な診療科(小児科・内科・呼吸器内科)と検査方法
長引く咳や、これまでに説明したような特徴的な咳の症状があれば、 我慢せずに医療機関を受診することが大切です。 どの診療科にかかればよいか、どのような検査をするのかを知りましょう。
受診する診療科の目安
お子さんの場合 | かかりつけの小児科に相談しましょう。 |
大人の場合 | 内科、あるいは咳や気管支の専門である呼吸器内科が適しています。 |
新たな検査方法
今まで百日咳やマイコプラズマなどは、今まで信頼性の高い抗原迅速診断や、抗体の血液検査法がありませんでしたが、現在ではPCR検査を用いて正確に診断することができます。
BioFire SpotFire Rパネル
これは、PCR(Polymerase Chain Reaction)法の一つである、Multiplex-Nested PCR法により、1度に同時に15種類の呼吸器感染症の病原体(ウイルス11種類、細菌4種類)の診断を可能とした画期的な診断装置です。従来のPCR法との比較で、各病原体の陽性一致率は96.0~100%、陰性一致率は96.7~100%と高い診断精度が示されています。この検査によって、咳の原因が百日咳菌によるものかを確かめます。
マクロライド系抗菌薬による治療と回復にかかる期間
百日咳の治療では、「抗菌薬(抗生物質)」を使います。早期に治療を始めることが、ご自身と周りの人にとって重要です。
治療の中心となる「マクロライド系抗菌薬」 が主に使われます。
- エリスロマイシン
- クラリスロマイシン
- アジスロマイシン
この薬の働きは主に2つあります。
- 菌を体から追い出す 菌の増殖を抑え、周りの人へうつすのを防ぎます。
- 症状を軽くする 咳が出始めてすぐの「カタル期」に飲むと、 その後の激しい咳の症状を軽くする効果が期待できます。
しかし、世界的な研究では、この薬が効きにくい菌も報告されています。これを「マクロライド耐性株」と呼び、病原体の進化の一つです。 自己判断で薬をやめず、必ず医師の指示通りに飲みきりましょう。
回復までにかかる期間の目安
周りの人への感染力 | 抗菌薬を指示通りに5日間きちんと飲めば、感染力はほぼなくなります。 |
咳の症状 | 菌がいなくなっても、咳はすぐには治まりません。これは、菌が出した毒素で気道が傷つき、過敏になっているためです。短い咳は数週間から、時には2〜3ヶ月続くこともあります。 |
焦らず、根気強く治療とセルフケアを続けることが大切です。
■咳き込みを和らげるセルフケア
抗菌薬で菌をなくしても、つらい咳の症状は続きます。 特に、夜も眠れないほどの咳は体力を大きく消耗させます。薬での治療と並行して、ご自身でできるセルフケアを取り入れ、症状を少しでも和らげていきましょう。
日常生活でできること チェックリスト
のどを潤す | のどが乾燥すると、粘膜が刺激に弱くなり咳が出やすくなります。 水やお茶などをこまめに飲み、のどのバリア機能を守りましょう。 |
部屋の湿度を保つ | 乾いた空気は、傷ついた気道にとって大きな刺激になります。 加湿器を使ったり濡れタオルを干したりして、湿度を保ちましょう。 |
刺激物を避ける | タバコの煙、ホコリ、冷たい空気は咳の発作の引き金になります。 こまめな換気を心がけ、刺激の少ない環境で過ごしましょう。 |
楽な姿勢をとる | 咳が激しい時は、座って少し前かがみになると楽になります。 夜寝る時は、クッションで上半身を高くすると呼吸がしやすくなります。 |
食事を工夫する | 一度にたくさん食べると、咳き込んだ時に吐きやすくなります。 消化が良く栄養のあるものを、少量ずつ何回かに分けて食べましょう。 |
休息をとる | 日中でも眠気があれば横になるなど、十分に休息をとりましょう。 |
出席・出勤停止の基準と期間の目安
百日咳は非常に感染力が強いため、集団生活での感染拡大を防ぐための ルールが法律で定められています。 ご自身のためだけでなく、周りの人を守るために基準を理解しましょう。
お子さまの場合(学校保健安全法):
百日咳は「学校において予防すべき感染症」に指定されています。 そのため、医師の許可が出るまで「出席停止」となります。
出席停止の期間
- 特有の咳が消えるまで(ただし、咳自体は長く続きます)
- 5日間の適切な抗菌薬による治療が終了するまで
上記のどちらかの条件を満たせば、登校・登園が可能です。園や学校によっては「治癒証明書」などが必要な場合があるので確認しましょう。
大人の場合(職場):
法律で明確な出勤停止の規定はありません。しかし、感染力の強さを考えると、医師の指示に従うことが望ましいです。
近年の百日咳の流行では、世界的に大きな変化が見られます。ワクチンの効果が弱まった大人が主な感染源となり、 まだワクチンを打てない赤ちゃんにうつしてしまうケースが増えているのです。大人の症状は軽くても、感染を広げる役割を担ってしまうことがあります。
特に注意が必要な職場
- 医療機関や介護施設
- 保育園や学校など、子どもや高齢者と接する職場
これらの職場では、独自の規定があることが多いです。 診断されたら必ず上司に報告し、指示に従ってください。 周りの人、特に抵抗力の弱い方を守るための配慮が大切です。
大人の感染が増加中?知っておきたい3つの予防策
「百日咳は子どもの病気」というイメージは、もはや過去のものです。近年、世界的に百日咳の流行の主役が、子どもから大人へと移っています。大人が感染し、 気づかないうちに家庭や職場に菌を広げています。大人の軽い咳が、赤ちゃんの命に関わる事態を引き起こしかねません。 知っておくべき予防策を 3つのポイントに分けて解説します。
■予防の基本となるワクチン(四種混合・三種混合)の種類と効果
百日咳の予防で、最も効果的で重要なのがワクチン接種です。ワクチンは、体に百日咳菌の「毒素」を無力化する練習をさせ、 いざ本物の菌が入ってきた時に戦えるように準備するものです。
日本では、国の定めに従って無料で受けられる「定期接種」があります。
四種混合ワクチン(DPT-IPV) | 百日咳、ジフテリア、破傷風、ポリオの4つの病気を予防します。 |
三種混合ワクチン(DPT) | 百日咳、ジフテリア、破傷風の3つを予防します。 |
これらのワクチンは、百日咳による重い症状を防ぐ高い効果があります。重症化しやすい赤ちゃんを守るために、決められたスケジュール通りに接種を完了させることが不可欠です。
ワクチンの種類 | 予防できる病気 | 標準的な接種スケジュール(1期) |
---|---|---|
四種混合(DPT-IPV) | 百日咳、ジフテリア、破傷風、ポリオ | ・生後2か月から開始 ・3~8週間の間隔で3回 ・3回目から6か月以上あけて1回 |
現在使われているワクチン(非細胞性ワクチン)は、副反応が少ないです。 その一方で、効果が永遠には続かないという特徴も持っています。 この点が、大人の感染が増えている大きな理由の一つです。
ワクチン効果の減衰と成人への追加接種(ブースター)の重要性
子どもの頃に受けたワクチンの効果は、残念ながら一生は続きません。体の免疫システムが、百日咳菌との戦い方を忘れてしまうのです。これを「免疫の減衰」と呼び、研究では接種後4~12年で、 病気を防ぐ力がかなり弱まることがわかっています。
さらに、百日咳の再流行には、菌自身の変化も関係しています。菌も生き残るために、ワクチンから逃れるように姿を変えることがあります。このように、私たちの免疫が弱まることと、菌が進化することの両方が、 大人の百日咳が増えている原因と考えられているのです。
その結果、ワクチンの効果が薄れた大人が感染の主役となり、免疫を持たない赤ちゃんへうつしてしまうケースが世界的に問題となっています。そこで重要になるのが、弱まった免疫を再び強化する「追加接種」です。
追加接種は「ブースター」とも呼ばれ、 下がってしまった免疫力に、もう一度活を入れるイメージです。ご自身のためだけでなく、周りの人を守るためにも強く推奨されます。
追加接種を特におすすめしたい方
- 赤ちゃんと接する機会が多い方 (パパ・ママ、おじいちゃん・おばあちゃん、ご兄弟)
- これから妊娠を考えている、あるいは妊娠中の方
- 医療や介護、保育の仕事をしている方
日本では任意接種(自費)となりますが、大人向けのワクチンがあります。 ご自身の状況に合わせて、ぜひかかりつけ医にご相談ください。
家族(特に乳児や妊婦)を感染から守るための具体的な対策
重症化リスクが最も高い赤ちゃんを守るためには、周りの大人が「菌を家庭に持ち込ませない」環境を作ることが何よりも大切です。この考え方を、赤ちゃんを繭(まゆ)のように守るイメージから、「コクーン(cocoon)戦略」と呼びます。
具体的には、赤ちゃんと接する家族みんながワクチンを接種することです。一人ひとりが免疫という見えないバリアを持つことで、 赤ちゃんを百日咳菌から守る強固な壁を作ることができます。
また、妊婦さんのワクチン接種も非常に有効な対策の一つです。妊娠中に接種すると、お母さんの体で作られた抗体が、お腹の赤ちゃんに「免疫のプレゼント」として届けられます。これにより、赤ちゃん自身がワクチンを打てる月齢になるまで病気から守られる効果が期待できます。
さらに、夏と冬の時期は百日咳だけでなく、インフルエンザやコロナなど、様々な呼吸器感染症が同時に流行します。近年の研究でも、複数の病原体に同時に感染する「共感染」が、 特に高齢者などで多く報告されています。
以下の基本的な感染対策は、様々な病気から家族を守る共通の鎧です。ぜひ、家族みんなで習慣にしましょう。
家族で取り組む感染対策 チェックリスト
手洗い・うがいを徹底する | 外から帰ったら、すぐに菌を洗い流しましょう。 |
咳エチケットを守る | 咳やくしゃみは、マスクやティッシュで口と鼻を覆いましょう。菌が周りに飛び散るのを防ぎます。 |
定期的に換気をする | 部屋にこもったウイルスや菌を外に追い出しましょう。 |
家族の体調に気を配る | 咳が2週間以上続くなど、気になる症状があれば早めに受診しましょう。 |
■まとめ
百日咳が「子どもの病気」というイメージは過去のもので、近年はワクチンの効果が薄れた大人の感染が増えています。大人の咳が、気づかないうちに赤ちゃんの命を脅かす感染源になり得るのです。「ただの風邪だろう」と自己判断せず、2週間以上咳が続く場合は、早めに医療機関を受診しましょう。ご自身と大切な家族を守るために、ワクチンによる追加接種も有効です。
参考文献
- Sheng Y, Ma S, Zhou Q, Xu J. Pertussis resurgence: epidemiological trends, pathogenic mechanisms, and preventive strategies.
- Monchausse T, Launay T, Rossignol L, et al. Clinical characteristics of cases during the 2024 pertussis epidemic in France, January 2024 to December 2024.
- SARS-CoV-2, influenza, HRSV and other respiratory pathogens during the post-COVID-19 era: epidemic circulation in Italy in the 2023/2024 season.