RSウィルス
「はじめは鼻水だけだったのに、だんだん咳がひどくなってきた」「赤ちゃんの呼吸がゼーゼー、ヒューヒューと苦しそうでつらい」。冬から春にかけて流行するその症状、実は「RSウイルス感染症」のサインかもしれません。コロナ禍以降は夏にも認められるようになりました。特に乳幼児や高齢者にとっては、重症化しやすい注意すべき感染症です。
このウイルスの怖いところは、感染する年齢によって症状の重さが全く違う点です。大人が「ただの風邪」と自己判断していても、知らずに家庭内の赤ちゃんにうつし、入院が必要な肺炎を引き起こすことも。ここでは、風邪やインフルエンザとの見分け方から、将来の喘息リスクとの関係、その予防法までを解説します。
■RSウイルス感染症の5つの特徴:風邪やインフルエンザとの違い
RSウイルス感染症が持つ5つの大きな特徴を、他の似た病気と比べながら解説します。
ご自身やご家族の症状と見比べて、正しく対応するためのヒントにしてください。
1.激しい咳と「ゼーゼー」「ヒューヒュー」という喘鳴
RSウイルス感染症で最も特徴的なのは、激しい咳と「喘鳴(ぜんめい)」です。
喘鳴とは、息をするときに聞こえる「ゼーゼー」「ヒューヒュー」という、笛のような苦しそうな呼吸の音を指します。
なぜ、このような特別な音がするのでしょうか。それは、RSウイルスが肺につながる細い空気の通り道である「細気管支(さいきかんし)」で悪さをするからです。
- 空気の道が腫れてしまう
ウイルスが原因で、細気管支の内側の壁が炎症を起こして赤く腫れあがります。 - 痰や鼻水がたくさん作られ、もともと細い空気の道をさらに狭くしてしまいます。
- 気管の壁の細胞が剥がれ落ちる
研究によると、RSウイルスは気道の表面を覆う細胞を傷つけ、剥がれ落とす働きがあります。この剥がれた細胞が、狭くなった気道にフタをするように詰まってしまうこともあります。
このように、トンネルが狭くなった状態の場所を空気が無理やり通ろうとするため、「ゼーゼー」「ヒューヒュー」という音が鳴ります。特に体の小さな赤ちゃんは、もともとの気道が細いため、少し腫れるだけですぐに息が苦しくなってしまいます。
2.38度以上の高熱と鼻水
RSウイルス感染症では、咳だけでなく、熱や鼻水といった症状も強く出ることがあります。
発熱 | 38度以上の高熱が出ることが多く、4日から5日ほど続くこともあります。 |
鼻水 | 粘り気が強くて量の多い鼻水が特徴です。このネバネバした鼻水が鼻の奥にたまると鼻づまりを引き起こします。 |
特に赤ちゃんは、まだ口でうまく呼吸することができません。
そのため、鼻が詰まるとミルクや母乳を飲むのが苦しくなったり、夜ぐっすり眠れなくなったりします。
ただ、高熱や鼻水はインフルエンザなど他の病気でも見られます。 これらの症状だけで「RSウイルスだ」と判断するのは難しいです。「ゼーゼーする呼吸」がないか、他の症状と合わせて注意深く観察することが大切です。
3.年齢で変わる症状:乳幼児やご高齢の方は重症化しやすく大人は風邪に似る
RSウイルスは、感染した人の年齢によって症状の重さが全く違う、という大きな特徴を持っています。 そのため、同じ家族の中でも「お父さんは軽い風邪なのに、赤ちゃんは入院」ということが起こり得ます。
乳児 (特に生後6ヶ月未満の赤ちゃん) | 生まれて初めてRSウイルスに感染する赤ちゃんは、最も重症化しやすいグループです。 ある研究では、RSウイルスは世界中の赤ちゃんが入院する主な原因の一つと報告されています。アジア地域を対象とした調査でも、RSウイルスによる乳幼児の入院率は非常に高いことがわかっています。細気管支炎や肺炎を起こしやすく、呼吸が苦しくなって入院が必要になることが少なくありません。 |
小学生くらいの子どもや大人 | 一度感染したことがある大きいお子さんや大人の場合は、「咳が長引く風邪」くらいの症状で済むことがほとんどです。 鼻水や咳、のどの痛み、微熱などが出ますが、数日で自然に良くなることが多いでしょう。 |
注意が必要な大人 | ただし、大人であっても、次のような方は重症化するリスクがあります。①ご高齢の方 ②喘息やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)など呼吸器の病気がある方 ③心臓に病気がある方 ④病気や薬の影響で免疫力が落ちている方 |
自分は軽い風邪だと思っていても、知らず知らずのうちに「ウイルスの運び屋」になってしまうことがあります。家庭内にいる赤ちゃんやおじいちゃん、おばあちゃんにうつし、重症化させてしまう危険があることを覚えておきましょう。
4.感染経路と潜伏期間:飛沫・接触感染で2日から8日程度
RSウイルスはとても感染力が強く、主に2つのルートで人から人へと広がっていきます。
感染経路 | 具体的な状況 |
---|---|
飛沫感染 | 感染した人の咳やくしゃみ、おしゃべりで飛び散ったウイルスが、換気の悪い部屋に漂い、周りの人が吸い込んで感染します。 |
接触感染 | ウイルスが付いた手で、自分の口や鼻、目を触って感染します。ウイルスは、ドアノブやおもちゃ、タオルなどの表面で数時間は生きています。 |
潜伏期間 | ウイルスが体に入ってから症状が出るまでの期間は、2日〜8日(平均的には4〜6日)です。 |
ウイルスを出す期間 | 症状が出る前からウイルスを排出し始め、症状が良くなった後も1週間から3週間にわたって、周りの人にうつす可能性があります。 |
つまり、すっかり元気になったように見えても、まだ体からウイルスが出ているかもしれないということです。 保育園などでは特に感染が広がりやすいため、基本的な感染対策がとても重要になります。
5.他の呼吸器感染症(インフルエンザ・ヒトメタニューモウイルス)との見分け方
冬から春にかけては、咳や熱が出る病気がたくさん流行します。 症状が似ているため、見分けるのはとても難しいことがあります。 RSウイルスと、他の代表的な感染症との違いを比べてみましょう。
感染症 | 主な症状の特徴 |
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RSウイルス | 咳と喘鳴(ゼーゼー、ヒューヒュー)。粘り気の強い鼻水。特に赤ちゃんで重症化しやすい。 |
インフルエンザ | 38℃以上の急な高熱、頭痛、体の節々が痛む筋肉痛など、全身のだるさ・しんどさが強く出やすいのが特徴。 |
ヒトメタニューモウイルス | RSウイルスと症状がそっくり。咳や喘鳴、発熱を引き起こします。症状だけで見分けることは、ほぼ不可能です。 |
普通の風邪 | 比較的軽い鼻水や咳、のどの痛み。高い熱や喘鳴、強いだるさが出ることは少ないです。 |
このように、特にヒトメタニューモウイルスとは、症状が酷似しています。正確に診断するためには、病院で検査を受けることがとても大切です。最近では、PCR検査で、正確にRSウィルスを調べられるようになりました。
■新たな検査方法
BioFire SpotFire Rパネル
これは、PCR(Polymerase Chain Reaction)法の一つである、Multiplex-Nested PCR法により、1度に同時に15種類の呼吸器感染症の病原体(ウイルス11種類、細菌4種類)の診断を可能とした画期的な診断装置です。
従来のPCR法との比較で、各病原体の陽性一致率は96.0~100%、陰性一致率は96.7~100%と高い診断精度が示されています。
原因がはっきりすれば、それに合った正しい対応ができます。少しでも気になる症状があれば、ご自身で判断せずにかかりつけの医療機関に相談してください。
■咳が長引くのはなぜ?RSウイルスと喘息関係
RSウイルスに感染し、熱は下がったのに咳だけがしつこく続く。そんな経験から、「風邪の治りかけ」と思っていませんか。
その長引く咳には、RSウイルスと喘息(ぜんそく)の間に潜む、 見過ごせない3つの関係が隠れているかもしれません。特に小さなお子さまや、もともと喘息がある方には注意が必要です。
1.細気管支炎による気道の強い炎症と空気の通る道の狭窄
RSウイルスの咳がひどくなりやすい一番の理由は、 特に赤ちゃんで「細気管支炎(さいきかんしえん)」を起こすからです。これは、肺の中にある髪の毛のように細い空気の通り道(細気管支)で、ウイルスが原因の強い炎症が起きる病気です。
炎症が起きると、空気の通り道では次のようなことが起こります。
- 空気の道の壁が腫れあがる
ウイルスと戦う体の反応で、細気管支の内側の壁が赤く腫れます。もともと細い道が、この腫れによってさらに狭くなってしまいます。 - ネバネバした痰がたくさん作られる
ウイルスや壊れた細胞を体の外に出そうとして、粘り気の強い痰(たん)などの分泌物がたくさん作られます。 - RSウイルスは気道の表面を覆う細胞を傷つけ、剥がれ落としてしまう働きがあることもわかっています。この剥がれた細胞が、狭くなった気道に詰まってしまうのです。
この強い炎症が完全に治まり、気道が元の状態に戻るまでには、 ある程度の時間が必要です。そのため、熱などの他の症状がなくなっても、 咳だけがしつこく長引いてしまうことがあります。
2.喘息の誘発
(普段は見えない)背景に気管支喘息があるお子さんや大人の方にとって、RSウイルスへの感染は、気管支喘息が明らかになる可能性があります。喘息とは、普段から空気の通り道(気道)がとても敏感で、 わずかな刺激にも反応して炎症を起こしやすい状態のことです。
そこにRSウイルスが感染すると、ウイルスが引き起こす強い炎症が、もともとある喘息の炎症を、さらに悪化させてしまいます。海外の研究でも、RSウイルス感染は、喘息のような慢性的な呼吸器の病気を 悪化させることがはっきりと示されています。
こんなサインに注意
いつも使っている発作止めの吸入薬が効きにくい |
呼吸が明らかに苦しそうに見える |
横になって眠ることができない |
RSウイルスが流行する季節には、いつも以上に手洗いやマスク着用など、基本的な感染対策を徹底することが大切です。 もし感染してしまった場合は、喘息が悪化していないか、お子さんの様子を慎重に見守ってください。少しでも異変を感じたら、かかりつけの医療機関を受診しましょう。
3.乳幼児期の感染による将来的な喘息発症リスクの上昇
乳幼児期、特に1歳未満でRSウイルスに感染した場合、その後の喘息の発症リスクが高まる可能性が複数の研究で指摘されています。
これは、RSウイルス感染が、空気の通り道に長期的な影響を与えてしまうためと考えられています。
- 気道の構造的な変化
ウイルスによる激しい炎症が、気道の壁のつくりを変化させ、傷跡のように過敏な状態を残してしまう可能性があります。その結果、わずかな刺激でも咳が出やすい体質になるのです。 - 近年の研究では、RSウイルスに感染することで、 体の中でアレルギー反応を起こしやすくする物質が作られることもわかってきました。これが将来の喘息発症につながるのではないかと注目されています。
もちろん、RSウイルスに感染したお子さんの誰もが喘息になるわけではありません。 しかし、乳幼児早期に感染した場合は、その後も風邪をひくたびに咳が長引いたり、 ゼーゼーしやすかったりする傾向が見られることがあります。
気になる症状が続く場合は、喘息の可能性も考えて、小児科の医師に相談することが大切です。
■RSウイルスの検査・治療・予防に関する4つのポイント
ここでは、RSウイルス感染症に対する「検査」「治療」「予防」、そして「受診の目安」を説明します。
1.診断方法:より精度の高いPCR検査
病院ではいくつかの検査方法が用いられます。どの検査を行うかは、お子さまの年齢や症状の重さによって決まります。
主に使われるのは、鼻の奥を細い綿棒でぬぐって調べる2つの検査です。
迅速抗原検査 | インフルエンザの検査でもおなじみで、15分ほどで結果がわかります。 ただし、ウイルスの量が少ない感染の初期や、大人では、感染していても陰性(−)と出てしまうことがあります。研究結果においても、この検査の感度(病気を見つけ出す精度)は、十分ではない場合があると知られています。 |
PCR検査 | ウイルスの遺伝子(設計図の一部)をたくさん増やして調べる方法です。ごくわずかなウイルスも見つけ出せるため、迅速抗原検査よりはるかに精度が高いです。症状からRSウイルスが強く疑われるのに、迅速検査で陰性だった場合でも、こちらのPCR検査で陽性(+)でRSウィルスの診断がつくことがあります。 |
最近では技術の進歩も目覚ましく、新しいPCR検査機器も登場しています。RSウイルスだけでなくインフルエンザなど、15種類以上の呼吸器の病気の原因を、約15分という短時間で、特定できるようになりました。
2.治療方法:特効薬はなく咳や熱を和らげる対症療法が中心
残念ながら、現時点ではRSウイルスそのものを直接やっつける薬というものは存在しません。そのため、治療はつらい症状を和らげる「対症療法」が中心となります。
海外の研究論文でも、RSウイルスに対する効果的な治療の選択肢は、まだ限られていると指摘されています。
家庭でもできる基本的なケア
十分な水分補給 | 熱や咳で体から失われがちな水分を、こまめに補給しましょう。赤ちゃん用のイオン飲料や麦茶、スープなどがおすすめです。 |
安静と休養 | 体の消耗を防ぎ、免疫がウイルスと戦うのを助けます。暖かくして、静かな環境でゆっくりと休ませてあげましょう。 |
部屋の加湿 | 空気が乾燥すると、のどが刺激されて咳が悪化しやすくなります。加湿器を使ったり、濡れたタオルを室内に干したりして、部屋の湿度を50~60%に保つと、呼吸が比較的楽になります。 |
医療機関では症状に応じて次のような薬を処方します。
解熱鎮痛剤 | 高熱でぐったりしている時に使います。 |
去痰薬(きたんやく) | ネバネバした痰を出しやすくします。 |
経口/吸入ステロイド薬 | 気道の強い炎症を抑えます。 |
3.予防方法:乳児向けのシナジス注射と高齢者向けの予防ワクチン
RSウイルスは誰もが感染する可能性があります。しかし、特に重症化しやすい方を守るための特別な予防法があります。 毎日の基本的な感染対策とあわせて、ぜひ知っておいてください。
毎日の生活でできる基本的な感染対策
手洗い | 石鹸と流水で丁寧に洗うことが、最も簡単で効果的です。 |
アルコール消毒 | おもちゃやドアノブなど、皆が触る場所を消毒しましょう。 |
マスクの着用 | 咳やくしゃみからのウイルスの飛散を防ぎます。 |
人混みを避ける | 流行している季節(秋・冬)は、換気の悪い部屋に人が大勢集まっている場所(コンサート会場、満員電車、フードコートなど)を避ける。 |
重症化リスクが高い方を守る特別な予防法 RSウイルスが重症化するのを防ぐ目的で、特別な注射やワクチンがあります。
注射やワクチン
予防方法 | 主な対象者 | 目的・特徴 |
---|---|---|
注射 パリビズマブ (商品名:シナジス) | 早産で生まれた赤ちゃんや心臓や肺、免疫に病気を持つ乳幼児 など | ワクチンではなく、ウイルスと戦う「抗体」そのものを注射します。効果は約1ヶ月のため、流行期に毎月接種します。 |
高齢者向けワクチン (商品名:アレックスビー; GSK製、アブリスボ; ファイザー製) | 60歳以上の方 | 感染による肺炎などを防ぎ、重症化を予防する効果が期待されます。 |
最近のワクチンは、ウイルスが人の細胞にくっつくために使う、「Prefusion型Fタンパク質」という部分を狙って作られています。この部分をブロックすることで、より高い予防効果が期待されています。
受診する目安と登園停止の基準
登園の再開はいつから? RSウイルスには、インフルエンザのような法律で定められた、「熱が下がってから〇日休む」という明確な出席停止期間はありません。
回復の目安は、「咳などの呼吸器の症状が落ち着いて、全身の状態が良いこと」です。
ただし、具体的な復帰のタイミングは、保育園や幼稚園によってルールが異なります。熱が下がっても咳が長引くことは珍しくありません。自己判断で迷う場合は、診断を受けた医師に相談するか、 通っている施設に直接確認するようにしてください。
■まとめ
RSウイルスは「発熱」「咳」「ゼーゼー」という3つの症状が特徴で、特に赤ちゃんやご高齢の方は重症化しやすいため、注意が必要です。大人は軽い風邪だと思っていても、家庭内で大切な人にうつしてしまう可能性があります。
特効薬がないからこそ、日頃からの丁寧な手洗いが何よりの対策となります。感染してしまったら、水分補給と加湿、十分な休養を心がけてください。「呼吸が苦しそう」など、気になるサインが見られたときは医療機関に相談しましょう。
参考文献
- Lye DCB, Chow JY, Ponce LJ, Sim DJ, Wu T, Wee LE, Chia PY, Leo YS, Lim JT. Clinical evaluation of the BIOFIRE SPOTFIRE Respiratory Panel.
- Griffiths C, Drews SJ, Marchant DJ. Respiratory Syncytial Virus: Infection, Detection, and New Options for Prevention and Treatment.
- アジアにおける呼吸器合胞体ウイルス入院費用、発生率、季節性:系統的レビューとメタアナリシス.