病気と健康の話

【新型コロナ】サブクレードKの次は?

現在世界中で猛威を奮っているH3N2 インフルエンザA:「アブクレードK」。流行の立ち上がりが早いと「早めにピークアウトするのでは」と考えがちですが、インフルエンザに混じり今年も新型コロナが増えてきました。「次に何が来るのか?」と心配される方も多いでしょう。注目されているのは、新型コロナウイルスの「BA.3.2」です。このBA.3.2は、ある種の“塩漬け”状態(長期間潜伏していたような状態)から突然現れた変異株で、その出現の仕方から一部で「シケイダ(Cicada: セミという意味)」とも呼ばれています 。今回は、「インフルエンザの次」に備えるために、このBA.3.2(シケイダ)変異株の特徴と脅威、そしてワクチンで免疫をアップデートする重要性について、詳しく解説します(監修医師: 田場隆介)。

■BA.3.2(シケイダ)とはどんな変異株か?

BA.3.2はオミクロン株の一種で、もともと2021年末に流行したBA.3系統から派生したウイルスです 。しかしBA.3.2が見つかったのはそれから約2年後のことで、BA.3自体がすでに流行から姿を消して久しかったため、あたかも「休眠状態」から突然出現したように見えます 。この特徴が、長い間土中に潜み周期的に姿を現すセミ(英語でCicada)になぞらえ、「シケイダ」とのニックネームの由来になっています。

BA.3.2最大の特徴は、ウイルスの形(遺伝子配列)が大きく変異していることです。特に体表にあるスパイクタンパク質に39箇所もの変化が認められ、元のBA.3株と比べると合計50箇所以上の変異が入った「超変異株」だと報告されています 。これは、ちょうど2023年頃に話題になったBA.2.86(通称ピロラ株)と同じように、一度に多数の突然変異が積み重なったタイプのウイルスです 。専門家は、こうした大規模変異は長期間体内にウイルスが留まった免疫不全の患者さんなどで起こり得ると考えており、BA.3.2も南アフリカの慢性感染者から生まれた可能性が指摘されています。

現時点でBA.3.2はまだ検出数が少ない系統です。例えば2025年11月上旬までに世界全体で確認されたBA.3.2感染例はわずか数十例程度に留まっています 。主な報告国はオーストラリア、南アフリカ、欧州数カ国、米国などで、日本ではまだ広く確認されていません。しかしながら、世界保健機関(WHO)もBA.3.2を「監視下の変異株(VUM: Variant Under Monitoring)」に指定し、各国の研究機関が詳細を調べ始めています 。

■BA.3.2の脅威 – 何が懸念されているのか?

では、このBA.3.2(シケイダ)株の何が脅威になりうるのでしょうか。大きく分けてポイントは2つあります。

1.免疫から逃れる力(免疫逃避能力)の高さ: BA.3.2は、過去に流行した株やワクチンでできた抗体から逃れやすい可能性があります。実験室での解析によれば、BA.3.2は同時期に出現した他の変異株(NB.1.8.1やXFGなど)と比べても抗体による中和を受けにくい性質を示しました 。つまり、既存の免疫がBA.3.2には効きにくい恐れがあるのです 。実際、イギリスで2025年に使われた最新ワクチン(KP.2株を基にしたワクチン)を接種した人の血液を調べた研究では、そのワクチンでできた抗体がBA.3.2に対して著しく中和能力が低下したと報告されています 。これは、BA.3.2のスパイクタンパク質の形がワクチン株(KP.2系統)と大きく異なるため、抗体がうまくウイルスに結合できないからだと考えられています 。

2. 将来的な感染拡大の可能性: 現時点ではBA.3.2の感染報告数自体が少なく「大流行」は起きていません 。むしろ試験管内の比較では、同時期の他株に対して増殖力(広がりやすさ)は劣るというデータもあります 。具体的には、BA.3.2は他株と比べヒトの細胞受容体(ACE2)への結合力が弱く、その分だけ増えにくい可能性が示唆されています 。この点は一見安心材料ですが、注意も必要です。なぜなら、免疫から逃れやすいウイルスは、一度広がり始めると既存免疫では止めにくいからです。BA.3.2自体に多少の増殖上のハンデがあっても、周囲の多くの人が持つ抗体が効かないとしたら、じわじわと市中で広がる可能性があります。また時間の経過とともにBA.3.2自体が適応し、より感染力を高める変異を獲得する恐れも否定できません。これらの理由から、専門家はBA.3.2を「今すぐ大きな脅威」と断言はしていないものの、注意深く監視すべき系統だと位置付けています 。

さらに長期的視点では、BA.3.2の出現そのものが「ウイルスはまだ大きく姿を変える余地がある」ことを示しています 。BA.3.2は、過去にオミクロン株が初登場した時やピロラ株(BA.2.86)が見つかった時と同様、数年ぶりの大きな抗原シフト(免疫から見たウイルスの姿の激変)だと評価されています 。このような劇的変異が今後も起こり得る以上、「コロナは終わった」と油断せず、新たな変異への備えが必要だと言えるでしょう。

■ワクチンで免疫をアップデートする重要性

インフルエンザに続いて懸念されるBA.3.2に対し、最大の備えとなるのがワクチンによる免疫のアップデートです。すでに私たちの多くは、これまでの感染やワクチン接種によって何らかの免疫を持っています。しかし、新型コロナウイルスは次々と姿を変えており、時間の経過とともに過去の免疫では十分防ぎきれなくなる可能性があります 。実際、先述の通りBA.3.2のように既存抗体をすり抜ける変異株も登場しています 。だからこそ、定期的なワクチン接種で免疫を最新の状態に更新しておくことが重要なのです。

ワクチン接種によって得られる免疫は、時間とともに弱まっていきます(抗体価が下がる) 。しかし、追加接種(ブースター)を受けることで免疫の記憶が再刺激され、抗体が再び増強されます 。特に高齢者や基礎疾患のある方、免疫が抑えられている方では、ワクチンで定期的に免疫をブーストすることが重症化予防のカギとなります 。現に、欧米の専門家は「今後も定期的なワクチン接種が必要になる」と予測しており 、WHOの専門家会合でも2025年末に向けて「次のワクチンの中身をどう更新すべきか」が議論されています 。その中ではBA.3.2のような新興変異株に対する免疫も考慮すべきとされています。

また、「ワクチンで感染そのものは防ぎきれないのでは?」という疑問もあるかもしれません。確かに現在のワクチンにおいて、感染予防効果は限定的ですが、それでも重症化や死亡を大幅に減らす効果があります 。特に免疫アップデートしておけば、たとえBA.3.2のような新変異株に感染しても体がすぐに対抗策をとれる可能性が高まります。結果として、症状を軽く抑え、命を守ることにつながるのです。

■まとめ

「インフルエンザの次は?」という問いに対して、現時点で注目されるBA.3.2(シケイダ)変異株について解説しました。BA.3.2は過去の系統から長い時を経て現れた特殊なオミクロン株であり、変異の多さゆえに既存の免疫では手強い可能性があります  。幸い現在のところ世界的な流行には至っていませんが、「想定外」の変異が出現し得ることをBA.3.2は私たちに思い出させました。インフルエンザが落ち着いた後も気を緩めず、引き続き新型コロナへの警戒と対策を続けることが大切です。

その中でも特にワクチンによる備えは有効な武器です。ウイルスの進化に合わせて私たちの免疫もアップデートしていくことで、たとえ新たな変異株が来ても慌てずに対処できるでしょう。最新版のワクチン接種案内を目にしたら積極的に利用し、自分自身と周囲の大切な人を守る準備をしておきましょう。

参考文献

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  • 6. Rajnarayanan, R. (2025). Tracking SARS-CoV-2 Lineage BA.3.2 Globally (Online Dashboard).

記事監修者田場 隆介

医療法人社団 青山会 まんかいメディカルクリニック 理事長

医療法人社団青山会代表。兵庫県三田市生まれ、三田小学校、三田学園中学校・同高等学校卒業。 1997(平成9)年岩手医科大学医学部卒業、町医者。聖路加国際病院、淀川キリスト教病院、日本赤十字社医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院を経て、2009(平成21)年医療法人社団青山会を継承。 2025年問題の主な舞台である地方の小都市で、少子高齢化時代の主役である子どもと高齢者のケアに取り組んでいる。

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