【インフルエンザ】 感染の予防だけじゃない!インフルエンザ予防接種
■心血管疾患の予防
インフルエンザに感染すると、心臓や脳血管の病気(心血管疾患)のリスクが大幅に上昇することがわかっています。ある大規模研究では、インフルエンザ発症後1か月以内に急性心筋梗塞(心臓発作)の発生率が約4倍、脳卒中が約5倍に急増することが報告されました。これは、インフルエンザ感染による全身性の炎症反応が血液を固まりやすくし、動脈内のプラーク(コレステロールの塊)を不安定化させるためと考えられます。実際、ウイルス感染時の強い炎症反応が血栓(血のかたまり)を生じさせ、動脈硬化病変を破裂させて心筋梗塞や脳卒中を引き起こす可能性が指摘されています。こうした深刻な心血管イベントの増加を防ぐ手段として、注目されているのがインフルエンザワクチンです。先述の研究でも「ワクチン接種は心血管疾患リスクの予防に重要な役割を果たす可能性」があると結論づけられました。実際、最新の国際研究(ランダム化比較試験8件のメタ解析)では、インフルエンザワクチンを接種したグループは、接種しなかったグループに比べて心筋梗塞の発生率が26%減り、心臓病による死亡が33%減少したとの報告があります。このように、インフルエンザワクチンは単に感染そのものを予防するだけでなく、“心臓を守るワクチン”としての効果も期待できるのです。
■脳卒中の予防
インフルエンザ感染は、脳卒中(脳梗塞や脳出血)の引き金にもなり得ます。前述のメタ解析によれば、インフルエンザにかかった後1か月間の脳卒中リスクは平時の約5倍に跳ね上がりました。日本脳卒中協会も、脳卒中や心臓病の患者さんがインフルエンザにかかると新たな脳梗塞や心筋梗塞発作の誘因となりうることを指摘しています。実は、インフルエンザだけでなく他のウイルス感染症でも脳卒中リスクの上昇が報告されています。例えば帯状疱疹(皮膚に痛みを伴う発疹を起こすヘルペスウイルス)が原因の感染では、発症後数週間は通常時よりわずかに脳卒中が増えることが確認されました。また、イギリスの研究ではインフルエンザや肺炎にかかった直後、心筋梗塞や脳卒中になる確率が通常時の最大6倍に達したと報告されています。こうした知見から、脳卒中の予防にもインフルエンザワクチンが役立つ可能性があります。脳卒中や心臓病をお持ちの方がインフルエンザワクチンを接種すると、これら疾患の再発リスクをある程度減らし、死亡率も低下するとの報告もあります。ワクチンを活用してインフルエンザ感染そのものを防ぐことが、ひいては脳卒中発症のリスク軽減につながるのです。
■高齢者にとっての意義
インフルエンザは、特に高齢者にとって危険な感染症です。加齢により免疫力が低下した高齢の方ほどインフルエンザが重症化しやすく、心肺への負担も大きくなります。事実、季節性インフルエンザ関連死亡者の70〜85%前後、入院患者の50〜70%は65歳以上の高齢者が占めると推計されています。インフルエンザにかかった高齢者では、肺炎・心不全・脳卒中などを併発するリスクが有意に上昇し、特に糖尿病・心疾患・喘息などを抱える方は重症化しやすいことが知られています。実際、米国の大規模調査ではインフルエンザで入院した患者の約1割強(8人に1人)が急性心不全や心筋梗塞など何らかの心臓発作を起こし、そのうち7%が院内で亡くなったとの報告もあります。このように、高齢者はインフルエンザによる合併症リスクが非常に高いため、インフルエンザワクチン接種は高齢者ほど重要になります。ワクチンを接種しても高齢者では若年者ほど十分な免疫がつきにくい傾向はありますが、それでも接種した高齢者はインフルエンザによる診療や入院、死亡のリスクが一貫して低減することが各国の研究で確認されています。米国では65歳以上の方向けに高用量ワクチンや免疫増強ワクチンが優先的に推奨されており、日本でも早めのワクチン接種が強く推奨されています。インフルエンザワクチンは高齢の方の肺炎や心不全、脳卒中といった致命的な合併症を減らし、命を守る「盾」となる重要な手段なのです。
■小児・妊婦にとっての意義
お子さんや妊婦さんにとっても、インフルエンザワクチンは安全かつ有益です。インフルエンザは、乳幼児や小児に肺炎やけいれん等の重い症状を引き起こすことがあり、毎年世界中で小児のインフルエンザによる死亡例も報告されています。ワクチンは、生後6か月以上の赤ちゃんから接種可能で、重症化を防ぐ効果が証明されています。日本で行われた最新の研究によれば、2024-2025年シーズンにおいて小児のインフルエンザ入院予防効果はワクチン接種群で73%もあったと報告されています(同シーズンより日本でも生ワクチンが導入されましたが、主に従来型の不活化ワクチン接種による効果です)。また、小児がインフルエンザにかかると周囲へ広げてしまう懸念もありますが、お子さんへの予防接種はご家族や地域全体の流行抑制にもつながるため、厚生労働省や日本小児科学会も毎年接種を推奨しています。妊婦の方にとってもインフルエンザワクチン接種は非常に重要です。妊娠中は免疫や肺機能の変化によりインフルエンザが重症化しやすく、流産や早産のリスクも高まるとされています。ワクチンを打てば母体の健康を守るだけでなく、お腹の赤ちゃんにも抗体が移行し、生後6か月頃までインフルエンザから守る効果が期待できます。実際、アメリカの大規模研究では妊娠中にインフルエンザワクチンを接種した母親から生まれた赤ちゃんは、生後6か月間のインフルエンザ発症率がおよそ半分に減少したと報告されています。さらに、インフルエンザワクチンは妊婦さんと赤ちゃんに有害な影響を及ぼさない安全なワクチンであることも、世界中の調査研究で確認済みです。厚生労働省も妊婦への接種を公式に推奨しており、妊娠週数にかかわらずシーズン前のワクチン接種が勧められています。お子さんや妊娠中の方々にとって、インフルエンザワクチンは自身と大切な命を守る安心材料と言えるでしょう。
■2025年のインフルエンザ流行予測
2025年シーズンのインフルエンザは大流行の恐れがあります。今年は、例年にない動向が各地で観察されています。南半球の冬だったオーストラリアでは、2025年のインフルエンザ流行が6~7月にピークを迎え、過去数年で最も大規模かつ重症例の多いシーズンとなりました。流行の立ち上がりが非常に早く、インフルエンザウイルスの猛威に加えてRSウイルスや新型コロナウイルスも同時に流行する「トリプルデミック(三重流行)」状態となり、オーストラリアの医療現場は大きな負荷に晒されました。報告によれば、年初から7月中旬までに15万件以上のインフルエンザ陽性例が確認され、重症呼吸器感染症での入院は7,641件、そのうちインフルエンザによる入院が3,081件と過去最高水準に達しています。こうした南半球の状況は北半球の流行を予測するうえで重要な手がかりです。
実際、日本でも今年(2025年)の流行は極めて早く、9月末時点ですでに全国平均で流行入り基準を超えました。これは過去10年以上で最も早いペースで、今季は平年より1〜2か月も早く流行が前倒しになっています。10月上旬には全国的な流行シーズン入り宣言がなされ、これは過去20年で2番目に早い記録となりました。その後わずか数週間で患者数は急増しており、各地で例年にないスピードで感染が広がっています。今季、日本で主に流行しているのは、A香港型(H3N2)およびA(H1N1)pdm09型とされ、特にH1N1型は若年層でも重症化するケースがあるため注意が必要です。これらの型はワクチン効果が得られにくい傾向があるとも言われますが、少なくとも現在出回っているウイルス株は今季のワクチン株と概ね合致しており、適切に接種すれば十分な予防効果が期待できます。一方で、海外渡航の再開やマスク習慣の緩みなどで、集団のインフルエンザ免疫(いわゆる「免疫ギャップ」)ができている可能性も指摘されており、今季は未感染の人々を中心に大流行となるリスクがあります。実際に英国の保健当局は「今冬は数千人規模のインフルエンザ死亡が起こり得る」と警鐘を鳴らし、早期のワクチン接種を強く呼びかけています。日本でも専門家が「2025-2026年シーズンは近年で最も注意が必要」と予測しており、流行のピークは年明けと予想されるものの年内から患者が増え続けるおそれがあります。「感染の予防だけじゃない」インフルエンザワクチンを上手に活用し、この冬の大流行から身を守りましょう。
早めの接種によって、自分自身はもちろん、ご家族や地域の高齢者など周囲の大切な人々をインフルエンザの脅威から守ることができます。流行が本格化する前の今の時期に、ぜひワクチン接種をご検討ください。
参考文献
- Kawai K, Muhere CF, Lemos EV, Francis JM. Viral Infections and Risk of Cardiovascular Disease: Systematic Review and Meta-Analysis. J Am Heart Assoc. 2025;14:e042670
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- Zerbo O, Modaressi S, Goddard K, et al. Influenza Vaccination During Pregnancy and Infant Influenza in the First 6 Months of Life. Obstet Gynecol. 2025;146(2):e36-e42
- Wolfe DM, Fell D, Garritty C, et al. Safety of influenza vaccination during pregnancy: a systematic review. BMJ Open. 2023;13(9):e066182
- 日本脳卒中協会「インフルエンザ・新型コロナウイルス感染症」患者向け情報 (2018年)
- 厚生労働省「インフルエンザの発生状況について」報道発表資料 2025年10月31日
- UK Health Security Agency (UKHSA). Thousands could die in bad flu wave this winter, experts warn. The Independent . 2025年11月6日
