【高血圧】2025年 高血圧治療 新ガイドライン: 米国心臓協会(AHA)の10のポイント
2025年に米国心臓協会(AHA)と米国心臓病学会(ACC)から発表された高血圧治療ガイドラインは、高血圧に関する最新の知見に基づき、高血圧診療で押さえておくべき要点を示しています。以下では、新しいガイドラインにおける10項目について、わかりやすく解説します。
■1.全ての成人の血圧目標
ガイドラインでは、すべての成人に対し血圧の目標値を「収縮期(上の血圧)130mmHg以下、拡張期(下の血圧)80mmHg以下」と定めています。可能であれば収縮期120mmHg程度まで下げることが理想的とされ、これにより心臓病や脳卒中だけでなく、高血圧による認知機能の低下や認知症リスクの軽減にもつながるとされています。全年齢において一律に130/80mmHg未満を目指す方針であり、高めの血圧を放置せず早期に適切な治療を行う重要性が強調されています。
■2.人口への影響
高血圧は非常に一般的な病態であり、新ガイドラインの定義(130/80mmHg以上)では成人の約半数が高血圧に該当すると推定されています。実際、米国では約46.7%もの成人が高血圧に該当し、これは心筋梗塞や脳卒中、心不全、腎臓病といった深刻な疾患の最大の危険因子です。また高血圧は米国および世界における主要な死亡原因の一つにもなっており、そのため高血圧の予防と治療によって将来的な心血管イベントや死亡リスクを減らすことが社会全体の課題となっています。
■3.血圧のカテゴリー
診察室で測定された血圧値に基づき、血圧は以下のカテゴリーに分類されます。
正常血圧 | 収縮期120mmHg未満 かつ 拡張期80mmHg未満 (理想的な血圧の範囲) |
高値血圧 | 収縮期120〜129mmHg かつ 拡張期80mmHg未満 (正常より高いが高血圧ではない状態) |
高血圧ステージ1 | 収縮期130〜139mmHg または 拡張期80〜89mmHg (軽度の高血圧) |
高血圧ステージ2 | 収縮期140mmHg以上 または 拡張期90mmHg以上 (明らかな高血圧) |
これらの基準は、2017年のガイドラインから変更はなく、収縮期130mmHg または 拡張期80mmHgを超えると「高血圧」と診断されます。さらに、収縮期が180mmHgを超えるような場合は重度の高血圧とされ、後述のように緊急対応が必要な状況です。
■4.生活習慣の優先
高血圧治療では、まず生活習慣の改善が最優先されます。
例えば、食塩の摂取は1日2,300mg未満(食塩約6g未満)、可能であれば1,500mg未満に抑えることが推奨されています。また野菜や果物、低脂肪乳製品を多く含むバランスの良い食事(DASH食など)を心がけることも大切です。
適度な運動も有効で、週に合計75〜150分程度の有酸素運動(ウォーキングや軽いジョギング等)や筋力トレーニングを行うことが推奨されています。
体重管理も重要で、肥満や過体重の方はまず体重の5%以上の減量を目標とします。アルコールはできるだけ控え、飲む場合も男性は1日2杯、女性は1日1杯までに制限することが勧められています。さらに、呼吸法・瞑想によるストレス解消も血圧管理に役立つとされています。
このように生活習慣の見直し・改善は、高血圧の予防と治療の基本であり、薬物療法と同等以上に重視されています。
■5.薬物療法の開始時期
高血圧が確認された場合、生活習慣の改善に加えて、いつ薬物療法を開始するかが重要になります。ガイドラインでは、まず生活習慣改善による様子見を行うものの、一定期間内に目標値まで血圧が下がらなければ、早めに薬物療法を開始することを推奨しています。
具体的には、平均的な血圧が130/80mmHg以上ある場合、リスクがそれほど高くない患者さんでも3〜6か月間の生活習慣改善後に血圧が基準を上回ったままであれば、降圧薬による治療を検討するよう推奨されています。
これは従来「軽症だから様子を見る」というケースでも、長期間放置せず早期に治療介入することで将来の心臓病や脳卒中、認知症などのリスクを減らす狙いがあります。逆に、心血管病の既往がある方やリスクが高い方では、初めから生活習慣改善と並行して速やかに薬物治療を開始することが推奨されています。
■6.複数薬剤の推奨
高血圧の薬物治療においては、複数の薬剤を組み合わせる治療が推奨されています。特に収縮期血圧が140mmHg以上または拡張期90mmHg以上といったステージ2高血圧の方には、治療開始時から2種類の降圧薬を併用することが推奨されており、可能であれば1錠に複数の成分を含む配合薬(固定用量配合剤)を用いて、服薬負担の軽減を図ります。
降圧薬の第一選択肢となる薬剤クラスは、ACE阻害薬やARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)、長時間作用型カルシウム拮抗薬、サイアザイド系利尿薬などです。多くの場合、これらの薬剤の中から患者さんの状態に合わせて組み合わせが選択されます。
また、最近の知見として、肥満を合併する高血圧患者さんに対してはGLP-1受容体作動薬(もともとは糖尿病の治療薬)の追加が有用な場合もあることが示唆されています。いずれにせよ、医師は複数の薬剤を適切に組み合わせることで、副作用に配慮しながら効率的に血圧を下げる治療戦略を取ります。
■7.モニタリング
高血圧の管理では、定期的な血圧モニタリング(経過観察と測定)が重要です。
ガイドラインでは、症状のない方でも全ての成人が少なくとも年に1回は血圧測定を受けることが推奨されています。
また高血圧と診断された場合は、より頻回に医療機関でチェックを受ける必要があります。診察室での測定に加えて、自宅での血圧測定(家庭血圧測定)も強く奨励されています。家庭で定期的に血圧を測り記録することで、診断の確定や治療効果の判定に役立ち、医師と相談しながら治療計画を調整する助けになります。実際、ガイドラインでは家庭血圧測定を統合した診療を行うよう推奨されています。
なお、正確に測定するために、背もたれのある椅子に座って足を床につけ、腕を心臓の高さで支える、測定前に数分安静にする等の適切な方法を守ることも大切です。こうしたモニタリング体制を整えることで、治療の効果判定や必要な薬の調整をタイムリーに行うことができます。
■8.妊娠中の管理
妊娠中の高血圧管理は、母体と胎児の健康のために非常に重要です。妊娠前から高血圧がある方(慢性高血圧)や、妊娠中に高血圧を発症した方では、収縮期血圧が140mmHg以上 または 拡張期90mmHg以上になった段階で、降圧薬による治療を開始することが新ガイドラインで推奨されました。これは、以前よりも厳格な基準で早期介入を行う方針であり、より厳密に血圧をコントロールすることで妊娠高血圧の重篤な合併症(子癇前症〈しかんぜんしょう、いわゆる妊娠中毒症の一種〉や子癇、脳卒中、腎不全など)のリスクを減らすことが期待されています。
また、高血圧のある妊婦さんには妊娠16週以降に低用量アスピリン(81mg/日)の服用を検討することも推奨されており、これによって子癇前症の発症予防に役立つ可能性があります。さらに、出産後も高血圧が新たに生じたり妊娠中の高血圧が持続したりする場合があるため、産後の血圧モニタリングと適切な治療継続も重要です。
ガイドラインでは、妊娠中に高血圧を経験した女性は産後も少なくとも年1回は血圧チェックを受けるよう推奨されており、将来にわたって心血管リスク管理に注意を払うことが呼びかけられています。
■9.難治性高血圧・重度高血圧
難治性高血圧(治療抵抗性高血圧)とは、適切な生活習慣の改善に加え、3種類以上の降圧薬(利尿薬を含む)を併用しても目標血圧に達しない高血圧のことです。
このような場合、ガイドラインでは、原因となる二次性高血圧の有無をしっかり調べるよう推奨しています。特に、原発性アルドステロン症(副腎から分泌されるアルドステロンというホルモンの異常)など、高血圧の原因となりうる内分泌疾患が隠れていないかを積極的にスクリーニングし、該当すればその治療(例えばアルドステロン症であれば、アルドステロンの作用を抑える薬や副腎の治療)を行うことが推奨されています。
新ガイドラインでは、低カリウム血症(血液中のカリウム値が低い状態)の有無にかかわらず、難治性高血圧の患者には原発性アルドステロン症の検査を行うことが推奨事項に追加されました。これにより、見過ごされがちな原因疾患を早期に発見し、より的確な高血圧治療につなげることが期待されます。
一方で、重度高血圧とは、収縮期血圧が180mmHgを超える、または、拡張期血圧が120mmHgを超えるような非常に高い血圧状態を指します。このレベルに達すると臓器障害のリスクが高まるため緊急の対応が必要です。
特に、こうした著明な高血圧に頭痛・胸痛・息切れ・しびれや言語障害などの症状を伴う場合は高血圧緊急症( hypertensive emergency )と呼ばれ、ただちに救急受診して血圧を下げる治療を受ける必要があります。症状がない場合でも、高血圧緊急症予備軍(高血圧緊急症に準ずる状態)として、できるだけ早く医師の評価を受け適切な処置を行うことが重要です。
■10.結論
最後に、現代の高血圧管理の柱となる考え方をまとめます。
新しいガイドラインでは、「生活習慣の改善による予防」、「早期発見と早期治療」、「患者さん個々のリスクに合わせた治療戦略(オーダーメイド治療)」、そして「継続的なモニタリングとフォローアップ」が強調されています。
これらを通じて、高血圧による心臓・脳・腎臓への負担を軽減し、患者さんが将来にわたってより長く健やかな生活を送れるようにすることが目指されています。実際に、ガイドラインでも高血圧の予防・早期発見・的確な管理が、長期的な心臓と脳の健康維持に不可欠であり、それがひいては「より長く健康な人生」につながると強調されています。
高血圧は、「沈黙の殺人者」と呼ばれることもありますが、適切に治療と管理を行えば怖がり過ぎる必要はありません。定期的に医師と相談しながら、自分に合った計画で無理なく高血圧治療を続けていくことが、安心して健やかな毎日を過ごす鍵と言えるでしょう。
参考文献
- AHA(米国心臓協会)/ ACCによる2025年高血圧ガイドライン関連資料
newsroom.heart.orgnewsroom.heart.orgmedicalnewstoday.com