病気と健康の話

【糖尿病】こんなに変わった!糖尿病治療薬のいま

■GLP-1受容体作動薬 – 「痩せる注射」は糖尿病治療の新エース?

最近「痩せる注射」として話題のGLP-1受容体作動薬は、本来は2型糖尿病の治療薬です。GLP-1とは食事のときに腸から出るホルモンで、膵臓から血糖値に応じてインスリン分泌を促し、胃の動きをゆっくりにして満腹感を高める作用があります。GLP-1受容体作動薬はこのホルモンを人工的に再現した薬で、血糖が高いときだけインスリンを出させて血糖値を下げ、低血糖は起こしにくいのが特徴です。そして胃の動きを抑えるので「食べ過ぎ」を防ぎ、体重が減る効果もあります。注射薬ですが1週間に1回だけ打てばよい製剤も登場し、最近では経口薬(飲み薬)タイプまで開発されています。もともと糖尿病の薬ですが、その減量効果からSNSをはじめとしたメディアで「痩せ薬」として注目されました(※美容目的での使用は適応外です)。糖尿病患者さまにとっては、血糖も下がり体重も減る“一石二鳥”の治療薬として新たなエース的存在になりました。

医療的な背景・作用機序

GLP-1受容体作動薬は、食事で上がった血糖に合わせてインスリン分泌を増やし、同時にグルカゴンという血糖を上げるホルモンを抑えます。その結果、血糖コントロールが改善し、空腹時血糖も食後血糖も下がります。また満腹中枢を刺激して食欲を減らす作用があり、臨床試験ではプラセボ(偽薬)より平均2kg程度の体重減少が報告されています。薬によって減量効果に差があり、セマグルチド(商品名オゼンピック等)のように特に体重減少効果が高いものもあります。最近ではGIPとGLP-1の二重作動薬(チルゼパチド)も登場しました。チルゼパチドは血糖降下効果が高く、用量依存的に強力な体重減少をもたらすことが報告されており、臨床試験では有意に体重も減少させています。このようにインクレチン関連薬は糖尿病治療薬として年々進化し、その効果も高まっています。

臨床的意義

GLP-1受容体作動薬は現在存在する糖尿病薬の中で、最もHbA1c低下作用が強いクラスとされています。インスリン注射に匹敵するほど血糖を下げられる場合もあり、従来の経口薬(メトホルミンやスルホニル尿素薬など)より強力です。さらに注目すべきは心臓や腎臓への良い効果です。例えばリラグルチドというGLP-1作動薬の大規模試験(LEADER試験)では、心筋梗塞や脳卒中などの重大な心血管イベント(MACE)が作動薬で明らかに減少しました。同様にセマグルチド(SUSTAIN-6試験)やデュラグルチド(REWIND試験)、アルビグルチド(Harmony Outcomes試験)でも心血管イベントの抑制効果が報告されています。これらを総合したメタ解析でも、GLP-1受容体作動薬は心筋梗塞や脳卒中のリスクを有意に減らすことが確認されました。そのため、米国や欧州のガイドラインでは、動脈硬化性心疾患を持つ糖尿病患者にはGLP-1作動薬を優先使用することが強く推奨されています。日本でも2023年のコンセンサスで同様の方針が示され、心臓病リスクの高い患者ではSGLT2阻害薬と並んでGLP-1作動薬を積極的に使うよう提言されています。またGLP-1作動薬は腎臓病への効果も検証されており、例えばリラグルチドは腎症の進行(尿アルブミン増加)を抑える効果が報告されています。こうしたエビデンスから、「血糖+体重+心腎」すべてをケアできる薬としてGLP-1作動薬の臨床的価値が高まっています。

安全性・使用上の注意

主な副作用は、消化器症状(吐き気、嘔吐、食欲不振など)です。特に治療開始直後に吐き気を感じる人が多いですが、少量から始めて徐々に増やすことで大半は慣れてきます。低血糖のリスクは単独では低いですが、インスリン製剤やスルホニル尿素薬(SU剤)と併用すると低血糖が起こることもあるので注意が必要です。また膵炎(すい炎)や胆石症のリスクについても指摘されています。まれではありますが、GLP-1作動薬の使用中に胆のう炎や胆石が起きやすい可能性が報告されており、胆石の既往がある方では慎重に適応を判断すべきです。急性膵炎のリスクもごくまれに報告されていますが、因果関係は明確ではありません。米国では甲状腺のC細胞腫瘍(甲状腺髄様がん)のリスクについての注意書きがありますが、非常に特殊な例であり一般の患者さまではまず問題ありません。また現在日本で流通するGLP-1作動薬はいずれも注射薬であり、「注射に抵抗がある」という方もいるかもしれません。しかしペン型の自己注射は針も細く痛みはほとんどありませんし、週1回製剤なら1週間に1度打つだけで済みます。「どうしても注射は嫌だ」という場合には2022年に日本でも承認された、経口GLP-1作動薬(経口セマグルチド:商品名リベルサス)を使う選択肢もあります。さらに、インスリン分泌がまだ保たれている2型糖尿病患者では、いきなり毎日インスリン注射を始めるより先にGLP-1受容体作動薬(あるいはGIP/GLP-1二重作動薬)を試すのが最近の流れです。これは前述のように血糖改善効果が強く低血糖が少ないこと、体重も減ってむしろ生活習慣改善につながること、そして心血管イベントも減らせる可能性があるためです。反対に、極度に痩せていたり膵臓からのインスリン分泌能力が非常に低下している方では、GLP-1作動薬単独では効果が不十分な場合があります。そのようなケースでは、初めからインスリン療法が必要になることもあります。

他の薬剤との使い分けポイント

GLP-1受容体作動薬は「血糖も体重も下げたい」「インスリンは避けたい」という場合に最適な薬です。例えばメトホルミンである程度血糖が下がったけれど更なる改善が必要なとき、肥満傾向の強い方や心臓・腎臓にリスクのある方では、次の一手としてGLP-1作動薬を追加する価値が高いでしょう。一方、注射への抵抗や消化器副作用の懸念が強い場合、または膵炎のリスクがある場合には、経口薬から他のクラス(例えばSGLT2阻害薬など)を検討することになります。近年は体重減少効果も含めて、「できればGLP-1作動薬を使いたい」という医師が増えており、日本糖尿病学会のアルゴリズムでも肥満の2型糖尿病にはGLP-1作動薬が適すると位置づけられています。総じて、GLP-1作動薬は従来の「血糖を下げるだけ」の薬から一歩進んで、「体重も減らし、将来の合併症も防ぐ」ことを目指す新時代の糖尿病治療薬と言えるでしょう。

■SGLT2阻害薬 – 「尿に糖を出す」心臓と腎臓を護る薬

SGLT2阻害薬は、ここ10年ほどで登場した飲み薬で、糖尿病治療に革命を起こしたクラスです。仕組みはシンプルで、腎臓で尿にブドウ糖を再吸収するタンパク(SGLT2)をブロックし、余分な糖を尿に出してしまうというものです。言い換えれば、血液中の糖を強制的に尿に捨てて血糖を下げる薬です。尿に糖が出る分だけ1日に数百キロカロリーのエネルギー損失が起こるため、体重も少し減少します。また浸透圧利尿作用で塩分や水分も一緒に出すので、血圧もわずかに下がる効果があります。まさに「尿から糖を出して、わずかながら減量や降圧も期待できる」という新発想の薬で、2014年に日本でも登場以来、広く使われるようになりました。飲み薬なので1日1回飲むだけで手軽です。

医療的な背景・作用機序

SGLT2阻害薬は、腎臓の近位尿細管に作用します。健康な人では、尿に漏れ出たブドウ糖の大部分を腎臓が回収しますが、この薬を飲むと、血糖が約180mg/dL以上になると尿に糖が排泄されるようになります(血糖が低ければ糖は出ません)。つまり、血糖が高いときだけ余分な糖をどんどん捨てる仕組みで、インスリンに頼らずに血糖を下げられます。インスリン分泌の少ない人や抵抗性の強い人でも効果を発揮する利点があります。1日の尿中排泄糖はだいたい50~100g程度と言われ、カロリーにすると200~400kcal程度の喪失になります。そのため緩やかな体重減少効果が期待でき、多くの試験で平均2~3kgの体重減が報告されています(個人差による)。一方で、尿量が増えやすく、利尿作用により血圧低下も見られます。この独特の作用機序のおかげで、膵臓の疲れを気にせず使える点が従来薬と異なります。

臨床的な意義・エビデンス

SGLT2阻害薬が糖尿病治療にもたらした最大のメリットは、心臓と腎臓を守る効果が明確に示されたことです。2015年に発表された画期的研究「EMPA-REG OUTCOME試験」では、エンパグリフロジン(商品名:ジャディアンス)というSGLT2阻害薬が、心血管疾患のある糖尿病患者において心臓病による死亡を38%も減らしたと報告され医療界に衝撃を与えました。その後のCANVAS試験(カナグリフロジン)やDECLARE試験(ダパグリフロジン)でも心不全による入院や腎臓病の進行を大きく抑える結果が得られました。特に心不全に対する効果は顕著で、糖尿病がない心不全患者にもSGLT2阻害薬を使う時代になったほどです。例えばDAPA-HF試験では、心不全患者の心臓病死亡や入院リスクをダパグリフロジンが有意に低下させました。また腎臓についても、CREDENCE試験(カナグリフロジン)やDAPA-CKD試験(ダパグリフロジン)は、糖尿病性腎症の進行を遅らせ末期腎不全への移行を減らす効果を示しています。総合すると、SGLT2阻害薬は「血糖を下げるだけでなく心臓と腎臓の予後を改善できる」ことがエビデンスにより裏付けられています。このため、米国ADAや欧州EASDのガイドラインでは「動脈硬化性心疾患や慢性腎臓病、心不全を合併する2型糖尿病患者にはSGLT2阻害薬を第一選択で使う」ことが強く推奨されています。日本のアルゴリズムでも、慢性腎臓病や心不全のある糖尿病患者にはSGLT2阻害薬を積極的に投与開始してよいとされています。SGLT2阻害薬の登場によって、「血糖値を下げること=合併症を減らすこと」という糖尿病治療の図式が大きく変わり、心臓や腎臓を守るために薬を選ぶ時代になったと言えます。

安全性・使用上の注意

SGLT2阻害薬は基本的にインスリンを増やさないので低血糖は起こりにくいですが、やはり注意点はいくつかあります。第一に、尿に糖が出ることで細菌が繁殖しやすくなるため、尿路感染症や性器カンジダ感染が増えることがあります。特に女性や高齢者では陰部の清潔を保つこと、症状が出たら早めに受診することが大切です。男性でも包皮炎などになるケースが報告されています。また利尿作用の影響で脱水や血圧低下に注意が必要です。暑い時期や高齢の方、利尿剤を飲んでいる方は水分補給を心がけ、立ちくらみなどがあれば医師に相談してください。まれな副作用として、ケトアシドーシス(血中にケトン体がたまる酸性状態)があります。通常ケトアシドーシスは1型糖尿病で見られる重篤な状態ですが、SGLT2阻害薬を使っている2型糖尿病患者でも、極端な食事制限やインスリンの併用下でまれに起こることが報告されています。「尿から糖を捨てる」=一種の飢餓状態に近いためで、これによりケトン体が上昇しやすくなるのです。予防としては過度の糖質制限をしないこと、体調不良で食事が取れないときは薬を中断し医師に連絡することなどが挙げられます。

他の薬剤との使い分けポイント

SGLT2阻害薬は「血糖も下げたいが心臓や腎臓の守りを固めたい」患者さんに向いています。メトホルミンで治療を開始した後、心臓病や腎臓病のある方には第二選択としてSGLT2阻害薬が強く推奨されます。減量効果も期待できるのでメタボの方も対象です。ただし、頻尿や尿失禁傾向のあるやせ型の高齢者では、トイレが近くなるデメリットがありますし、重度の腎機能低下(eGFRが30未満など)では薬の効果自体が弱くなるため使用適応がありません。その場合は他の薬剤(例えばインスリン)が検討されます。また、夏場の脱水リスクが高い肉体労働者などでは慎重に使うなど、患者さんの生活背景に合わせた配慮も必要です。DPP-4阻害薬との比較では、SGLT2阻害薬の方が体重減少や血圧低下といったメリットがありますが、DPP-4阻害薬は副作用が少なく高齢者にも安全に使いやすいという利点があります。よって若年~中年で肥満・高血圧傾向の方ならSGLT2阻害薬、高齢でやせ型の方ならインスリン・DPP-4阻害薬、といった使い分けも考えられます。いずれにせよ、SGLT2阻害薬の登場により、糖尿病治療は「合併症の予防」を見据えて薬剤選択する時代に変わりました。

■ツイミーグ(イメグリミン) – 日本発「ツイン」作用の新薬、その実力はいかに?

ツイミーグ(一般名イメグリミン)は、2021年に日本で世界に先駆けて承認された新しいタイプの経口糖尿病薬です。名前の由来は「ツイン(2つ)の作用をもつイメグリミン」から来ています。その名の通り、ツイミーグは2つの作用機序を併せ持つユニークな薬です。一つはメトホルミン(一般に使われる糖尿病薬)に似た作用、すなわち肝臓での糖新生抑制(余分な糖の放出を抑える)と筋肉など末梢組織でのインスリン抵抗性改善です。もう一つは、膵臓のβ細胞からのインスリン分泌を促進する作用です。ただし後者は血糖値が高いときにだけ起こる「グルコース依存性」の分泌促進なので、単独で使っている限り低血糖の心配はほとんどありません。要するに、メトホルミンとインスリン分泌薬の“いいとこ取り”のような薬と考えると分かりやすいでしょう。現在、日本でしか使われておらず、まさに日本発の新薬として注目されています。

医療的な背景・作用機序

イメグリミンは化学構造的にも作用的にもメトホルミンと似た部分を持ちます。両者とも肝臓の糖新生を抑え、インスリン抵抗性を改善する作用があります。またツイミーグには加えて、血糖値の高いときにだけインスリン分泌を促すという作用があり、この点が従来の薬にないユニークな特徴です。膵臓を刺激する薬というとSU薬などがありますが、SU薬は血糖に関係なくインスリンを出してしまうため低血糖のリスクがあります。それに対しイメグリミンは「必要なときだけインスリンを出す」ため安全性が高いと考えられています。さらに、メトホルミンで問題となる乳酸アシドーシス(乳酸の蓄積による重篤な副作用)を起こしにくいというデータがあります。メトホルミンはご高齢や腎機能の低い患者には乳酸アシドーシスを警戒して慎重投与しますが、ツイミーグでは臨床試験でその発生が認められず、安全域が広いと期待されています。ただし腎機能についてはeGFR 45未満での有効性・安全性データが乏しく推奨されないため注意が必要です。

臨床的な意義

ツイミーグ(イメグリミン)は日本の2型糖尿病治療アルゴリズムでは「ステップ3の選択肢」に位置付けられています。これは、まず生活習慣改善と初期薬剤で血糖コントロールを図り、それでも十分でなければ次に追加を検討する薬剤というポジションです。海外ではまだガイドラインに登場していませんが、日本での臨床試験がいくつか行われています。代表的なものとして、イメグリミン単独療法の24週間試験では、プラセボに比べて有意なHbA1c低下(約0.8%の低下)が認められ、安全性もプラセボと同等だったと報告されています。また、既にインスリン治療中の患者にイメグリミンを追加する試験でも、HbA1cの有意な低下が得られ副作用も少なかったことが示されています。興味深い報告としては、メトホルミン治療中の患者でイメグリミンに「切り替え」または「追加」した場合の比較があります。後ろ向き解析ですが、メトホルミンにイメグリミンを追加した群ではHbA1cが徐々に低下し、一方でメトホルミンからイメグリミンに完全に切り替えた群ではHbA1cが元の水準を維持するに留まりました。一部の患者では切り替え後に血糖コントロールが悪化してメトホルミンを再開する必要もあったとのことです。このように、高用量メトホルミンからイメグリミン単独に置き換えると血糖が上がってしまうケースがあるため注意が必要です。実臨床でも「メトホルミンを全部やめてツイミーグにするより、併用したほうが良い」との意見が多いようです。ツイミーグのHbA1c低下効果はおおむね0.6~0.8%程度と見積もられ、DPP-4阻害薬やチアゾリジン薬と同等クラスの中等度の効果です。一方で体重に与える影響はほとんどなく、増減させないと報告されています。これは体重増加を招くインスリン分泌促進薬(SU薬など)と比べメリットです。また乳酸アシドーシスのリスク低減により、高齢者や腎機能がやや低下した患者にも使いやすい可能性があります。ただし先述の通り腎不全に近い状態ではデータ不足のため推奨されません。

安全性・使用上の注意

ツイミーグの副作用プロファイルは、メトホルミンに似た消化器症状が中心です。実際、メトホルミンとツイミーグを併用すると約4人に1人が下痢・吐き気・食欲不振などの胃腸障害を訴えたとの報告があり、特に併用開始時は注意が必要です。単剤でも多少胃腸症状が出ることがありますが、少量(例えば1回500mg)から開始して徐々に増量することで副作用を抑えられるとされています。添付文書上は1回1000mgを1日2回(朝夕食後)となっていますが、実臨床では半量から始める医師も多いようです。低血糖については、単独ではほとんど起こりませんが、SU薬や速効型インスリン分泌促進薬(グリニド系)、あるいはインスリン製剤と併用すると低血糖リスクが増加します。従ってこれらとの併用時は慎重な血糖モニタリングが必要です。併用禁忌(この薬と一緒に使ってはいけない薬)は特にありません。また先述の通り、eGFRが45未満の中等度以上の腎障害患者では原則使用を避けることになっています。これは安全性上の配慮ですが、イメグリミン自体が腎機能を悪化させるわけではなく、単に十分なデータがないための措置です。今後臨床試験が進めば適応が広がる可能性もあります。

他の薬剤との使い分けポイント: ツイミーグ(イメグリミン)はメトホルミンと作用が重なる部分が多いため、位置付けとしては「メトホルミンで十分な効果が得られないか、副作用で増量できない場合の次の選択肢」に近いかもしれません。実際、国内の専門家も「メトホルミンで胃腸障害が出た人にツイミーグは有用」「メトホルミン高用量からの切り替え時は慎重に」といったコメントをしています。DPP-4阻害薬やSGLT2阻害薬との使い分けでは、これら既存薬の方がエビデンス豊富で使い慣れているため、まずはそちらが優先される場面も多いでしょう。例えばメトホルミンで改善不十分なとき、心腎リスクがあればSGLT2阻害薬を、高齢で低血糖リスクを避けたいならDPP-4阻害薬を、肥満ならGLP-1作動薬を、というようにエビデンス重視で選択されることが多いです。ツイミーグはそれらに該当しない、「あともう少し血糖を良くしたいが注射は避けたい」「メトホルミンをこれ以上増やせない」といったケースで追加検討される薬と言えます。現時点ではメトホルミンを置き換える第一選択薬ではありませんが、インスリンに踏み切る前の経口薬の選択肢を増やした意義は大きいでしょう。今後海外でもデータが蓄積すれば、グローバルな治療指針に組み込まれる可能性もあります。日本発の新薬として、これからのエビデンス蓄積に期待が寄せられています。

■週1回持効型インスリン(アウィクリ注) – 週1回だけのインスリンが現実に!

毎日打たなくてよいインスリン注射──インスリンが必要な糖尿病患者さんにとって夢のような話ですが、ついにそれが実現しました。アウィクリ注(正式名称:アウィクリ注フレックスタッチ)は、2023年に世界で初めて承認された週1回だけの持続型インスリン製剤です。通常の基礎インスリン(ランタスやトレシーバなど)は1日1回、せいぜい効果が丸1日程度ですが、アウィクリ注は1回の注射で1週間血糖を下げる作用が持続します。その血中半減期は約7日間にもなり、週1回の頻度での投与が可能となりました。現在日本でも2025年5月から使用可能となり、糖尿病治療の新たな選択肢として注目されています。毎日の自己注射が負担だった患者さんには福音であり、「ついインスリン注射を忘れてしまう」ような方でも週1回なら管理しやすくなることが期待されています。

医療的な背景・作用機序

アウィクリ注(インスリンイコデック)は、インスリン分子に工夫を凝らし体内でゆっくり放出されるよう設計された超長時間作用型インスリンです。皮下に注射すると、特殊なアルブミン結合などの機構で徐々に血中にインスリンが供給され、一度打てば1週間かけて安定した濃度が保たれます。これによって1日1回ではなく週1回の注射で済むようになりました。薬理作用そのものは他の基礎インスリンと同様で、ゆっくり持続的に血糖を下げます。インスリンですから2型糖尿病のみならず1型糖尿病でも使える可能性がありますが、1型糖尿病では食事ごとに速効型インスリンの注射も必要なので、週1製剤にしても追加で頻回の注射は残ります。そのため主な対象は、2型糖尿病の基礎インスリン療法です。これまで基礎インスリンは毎日打つ必要がありましたが、週1回製剤の登場で治療の自由度が増しました。

臨床的な意義・エビデンス: 週1回インスリンの効果は臨床試験でしっかり検証されています。主要な臨床試験シリーズ「ONWARDS試験」では、2型糖尿病患者を対象に週1回インスリン(イコデック)と従来の1日1回インスリン(デグルデクやグラルギン)を比較しました。その結果、週1回製剤は1日1回製剤に対し血糖コントロールで非劣性(劣らない)であることが証明されました。さらに一部の試験では、週1回製剤の方がHbA1c低下量が大きく優れているという結果も得られています。例えば、インスリン治療未経験の2型糖尿病で行われた試験では、週1回製剤はグラルギンU100に対し統計学的に有意なHbA1c低下を示しました。また低血糖の頻度も週1回製剤と従来製剤で大差なく、安全性は同等でした。むしろ注射回数が減ることで治療満足度が上がり、コンプライアンス(服薬遵守率)が改善したという報告もあります。ある試験では週1回インスリン使用群の方が「治療に満足している」「負担が少ない」と答えた患者さんが多かったそうです。これらのエビデンスから、週1回インスリンは効果と安全性が従来同等かそれ以上で、治療の質(QOL)を高める可能性が示唆されています。

安全性・使用上の注意

週1回しか打たない分、1回の注射で注入するインスリン量は1週間分になります。そのため製剤は非常に高濃度で700単位/mLとされています。絶対に他の毎日用インスリンと取り違えないよう注意が必要です。もし誤って毎日この週1回製剤を注射してしまうと、たちまち過剰投与となり重度の低血糖を引き起こす危険があります。実際の使用では処方時に「週◯曜日に1回だけ」と明示され、患者さん自身もカレンダー等で管理することが推奨されています。また、他のインスリンから切り替える場合には注意点があります。基本的にはそれまでの1日分インスリン量の7倍を週1回で投与しますが、初回投与時のみ少し多めに投与することが推奨されます。例えば1日20単位の基礎インスリンを使っていた人なら、週1回製剤に切り替える際は最初の週だけ140単位×1.5倍=210単位を一本目に注射するという具合です。これは週1製剤が血中定常状態に達するまで若干時間がかかるため、初回だけブーストするイメージです(特に1型糖尿病ではこの「1.5倍初回投与」を原則行います)。ただ高齢者では低血糖リスクを考慮して初回から1.5倍にしない場合もあります。万一予定の日に打ち忘れた場合は、気付いた時点でなるべく早く1回分を投与し、次回は4日以上の間隔を空けてから再開するよう勧められています。例えば日曜打ちの予定を忘れて月曜に気づいたら即月曜に打ち、次の週は金曜かそれ以降にする、といった対応です。その後は改めて新しい曜日で毎週打つことで継続します。

低血糖への対策も重要です。臨床試験では各投与後2~4日目に低血糖が最も多く認められたとの報告があります。これは薬の血中濃度がピークに近づく時期にあたるためと考えられます。対策としては従来の持効型インスリンと同様で、万一低血糖症状が出たらブドウ糖を摂取する、血糖値を測る、といった基本を守ります。週1回製剤だからといって特別な対応は不要ですが、効果が長い分一度低血糖になるとやや長引く可能性があるので、症状が治まってもしばらくは自己血糖測定等で経過を見るよう指導されています。アウィクリ注のペン型デバイスは1クリックで10単位注入という仕様で(10単位刻みでしか設定できません)、従来より1回の投与量が多い分、注射に時間がかかる可能性もあります。しかし毎日打つストレスがなくなるメリットは大きいでしょう。なお、アウィクリ注は新薬のため2025年11月末日までは14日分(2回分)までしか処方できないという投薬日数制限があります。これは新薬恒例の措置で、安全性情報を集めるためのものです。使い始めの患者さんは特に定期フォローが行われます。

他の薬剤との使い分けポイント

週1回インスリンは、基礎インスリンが必要だけれど毎日の自己注射が難しい/負担という患者さんに適しています。例えば高齢で介護施設にいる方などは、週1回の訪問看護でまとめてインスリン管理ができる可能性があり、ケアの効率化が期待されます。また働き盛りで忙しく日々の注射を忘れがちな方にも有用でしょう。逆に、毎日きちんと自己注射できている方に無理に週1回へ変える必要はありません。切り替えの際には多少煩雑な計算や調整が要りますし、慣れ親しんだ治療から変更することで一時的にコントロールが乱れるリスクもあるためです。1型糖尿病では前述のように速効型インスリンの頻回注射は不可欠なので、基礎インスリンだけ週1回にしてもトータルの注射回数は減りません。そのため現時点では1型への適用は限定的で、臨床試験も1型での新規導入は実施されていません。結局のところ、週1回インスリンは2型糖尿病の基礎インスリン治療専用と言えます。メトホルミンやGLP-1作動薬など経口・週1注射薬でも血糖コントロールが不十分な場合、従来は毎日インスリン注射を覚悟する必要がありましたが、これからは「それでも週1回でいいインスリンがあります」と提案できるわけです。患者さんの精神的ハードルは大きく下がるでしょう。日本では当面アウィクリ注のみですが、将来的には他社からも週1回インスリンが出て競争が生まれるかもしれません。インスリン治療の常識を覆す週1回製剤は、今後広く普及していく可能性があります。

■合剤(配合薬) – 1錠で二役!飲み忘れ防止に効果あり?

「合剤(ごうざい)」とは、2種類以上の有効成分を1つの錠剤にまとめたお薬のことです。糖尿病治療では近年、さまざまな組み合わせの合剤が登場しています。例えばDPP-4阻害薬+SGLT2阻害薬の合剤は代表的なものです。DPP-4阻害薬はインクレチンの効果を延ばす薬、SGLT2阻害薬は尿から糖を出す薬で、作用機序が異なり相乗効果が期待できる組み合わせです。この2つを別々に飲む代わりに、1錠にまとめてしまえば服用の手間が半分になります。同様に、メトホルミン+DPP-4阻害薬やメトホルミン+SGLT2阻害薬などの配合薬もあります。1錠で二役、三役をこなす合剤は、特にお薬の数が多い患者さんで飲み忘れ防止や服薬継続率向上に役立つと期待されています。

メリット

合剤最大のメリットは服薬の簡便さです。糖尿病は高血圧や脂質異常症など合併することも多く、どうしてもお薬の数が増えがちです。朝に何錠も飲むのは大変ですが、合剤なら数錠が1錠に減らせます。日本糖尿病学会のコンセンサスでも、高齢化社会では服薬回数を減らし、一包化や合剤の利用も含めた工夫が重要と述べられています。実際、複数薬を別々に出すより配合薬に切り替えた方が患者さんの経済的負担が減る場合もあります。例えば2種類の薬を別々に処方するとそれぞれに処方料がかかりますが、配合薬1種なら一つ分で済むことがあります(保険制度によります)。何より「薬を飲み忘れた」「片方だけ飲み忘れた」といった事態を減らせるのは大きな利点です。研究によれば、糖尿病治療の失敗要因の一つに服薬アドヒアランス(きちんと薬を飲めているか)の問題があります。薬の種類が多いとどうしても遵守率が低下する傾向があり、それが血糖コントロール不良や合併症リスク上昇につながります。合剤で薬の数を減らすことは、この問題の解決策の一つと言えるでしょう。実際、日本の調査でも糖尿病治療薬を複数使っている患者では、配合薬への切り替えが検討に値するとされています。

注意点

合剤にもいくつか注意すべきポイントがあります。まず、成分ごとの用量調節が柔軟にできないことです。単剤であれば「A薬は増量、B薬は減量」と個別に調節できますが、合剤では決まった固定の組み合わせになっています。例えば「DPP-4阻害薬は規定量入っているがSGLT2阻害薬の方はもう少し増やしたい」場合、合剤では不可能なので別々に飲む必要があります。このためすべての患者に合剤がベストというわけではなく、適切な用量比で効果が安定している場合に限って有用となります。また、副作用が出た場合にも切り分けが難しいことがあります。どちらかの成分由来の副作用でも、一旦合剤を中止すると両成分を止めざるを得ません。このように合剤は利便性とトレードオフで調整の柔軟性が下がる点を理解する必要があります。それでも、近年の研究では配合薬を使っても個別に使った場合と比べて有効性や安全性に差はなく、むしろアドヒアランス向上で長期的には血糖コントロールが安定する可能性が示唆されています。例えばある解析では、DPP-4阻害薬+SGLT2阻害薬の配合薬は両単剤を別々に使うのと比べ有意なHbA1c低下(つまり飲み忘れが少ないぶん効果が発揮された)との報告もあります(引用省略)。さらに糖尿病治療のコスト面でも、ジェネリック医薬品の登場で配合薬が安価に供給されるようになってきました。例えばDPP-4阻害薬とSGLT2阻害薬のそれぞれジェネリックが出揃えば、配合薬も安価になり、患者さんの負担軽減につながります。

使い分けポイント

合剤はすでに2剤以上の経口薬を併用している患者に適しています。初めから配合薬を使うことは普通ありません(最初から2剤使うケースが稀なので)。しかしメトホルミンで効果不十分→さらにDPP-4阻害薬を追加、といった治療の流れになったとき、その2剤を配合錠に切り替えてしまうという手段があります。こうすれば処方がシンプルになり、患者さんも「朝夕1錠ずつ飲むだけ」など覚えやすくなります。特に高齢の方や、一人暮らしで服薬管理が不安な方では有用です。配合の組み合わせとしては、作用機序が異なり補完し合う薬同士が選ばれます。代表的なのが冒頭のDPP-4+SGLT2ですが、他にもSU薬+ビグアナイド(メトホルミン)、チアゾリジン+SU薬なども市販されています。ただ近年はSU薬の使用が減っているため、主流は「メトホルミン+○○」や「DPP-4+SGLT2」です。患者さんから見ると「この一錠に糖尿病の薬が2つ入っている」ことを認識してもらう必要があります。「薬が減ったから良くなった」と誤解しないよう、医師や薬剤師から説明があります。いずれにしろ、合剤は患者さんの生活の質を高め、治療継続を助ける工夫として、今後さらに種類が増えていくでしょう。

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  • 日本糖尿病学会コンセンサス委員会「2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム(第2版)」糖尿病. 2023;66(10):707-728
  • 神谷英紀「2型糖尿病治療の進化と深化」糖尿病. 2022;65(2):81-86.
  • 日本糖尿病・生活習慣病ヒューマンデータ学会「糖尿病標準診療マニュアル2025」2025年4月公開
  • DIニュース「アウィクリ注(週1回持効型インスリン製剤)について」愛媛大学病院薬剤部, 2025年5月.

記事監修者田場 隆介

医療法人社団 青山会 まんかいメディカルクリニック 理事長

医療法人社団青山会代表。兵庫県三田市生まれ、三田小学校、三田学園中学校・同高等学校卒業。 1997(平成9)年岩手医科大学医学部卒業、町医者。聖路加国際病院、淀川キリスト教病院、日本赤十字社医療センター、神戸市立医療センター中央市民病院を経て、2009(平成21)年医療法人社団青山会を継承。 2025年問題の主な舞台である地方の小都市で、少子高齢化時代の主役である子どもと高齢者のケアに取り組んでいる。

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